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第 1 章 Introduction
本サイト: 「科学技術論文の書き方」では,世に論文といわれるものの書き方をまとめる.もちろん,研究内容そのものに言及することは不可能であるが,論文には論文の書き方というものが,その目的からおのずと決まっている.ここでいう論文とは,自然科学の学術的技術文書であって,決して文学作品ではない.また,これは本文著者個人の基準であり,日本全国の全ての研究者に認知された基準ではない.しかし,本文で述べることは,たまたま情報科学・情報工学を題材・例題とはしているが,自然科学系,少なくとも理工学の分野で普遍的なものであると著者は確信している.その意味で本サイトの名称は「科学技術論文の」と形容している.
これだけのことを公開されたWebで書くのであるから,読者を納得させるにはその裏付け・担保が必要であろう.本文筆者のこれまでの学術上の業績はここである.
さて,学術論文の書き方の要素として,(a)言語依存の要素,(b)言語非依存の要素,がある.本編では,それら両方を扱っている. (a) の言語依存の対象はもちろん日本語である. (b) の言語非依存の部分は,英文論文の作成にも役立つであろう.しかしながら,日本人が書いた読みにくい英語論文でも(b)が主要因であることも決して少なくない.ただし,本文では,どれが(a)で,どれが(b)というラベルは付されていない.
また,学部等の実験科目の実験レポート,講議科目のレポートなどは将来,学術論文を書く訓練という位置付けでもある.ここに書く科学技術論文の書き方に準拠して書けば質の高いレポートとなる(かも知れない)し,再提出の回数も減る(かも知れない).
さて,学術研究の一単位は, 
 発想 - 文献検索 - 理論的考察 - 実験 - 検討 - プレゼン・論文執筆
というフェーズを持つだろう.研究者の義務は,その研究成果を世間に還元することであると筆者は信じている.還元する方法は,プレゼンテーション,特に論文であり,その公刊をもってその研究は終了する.いくら良い研究をしても,その還元がなされなくては意味がない.例えば,100(%)の研究をして,25のプレゼンテーションでは,合計,25しか還元されない. 25の研究をして,100のプレゼンテーションをするのと効果は結果的に等価である.

もう少し詳細にモデル化してみよう.ここで,研究成果の社会的インパクトというものを考え,0 ≤ α ≤ 1 で表すこととする.ある研究 x を実施し,それに基づいて論文 y を執筆,論文誌 z に掲載したとしよう. αx, y, z の関数であり,このときの α(x, y, z) を次式でモデル化する.
  α(x, y, z) = f(x) g(y) h(z)
ここに,
  0 ≤ f(x) ≤ 1:  研究 x の良さ
  0 ≤ g(y) ≤ 1:  論文 y の分かりやすさ
  0 ≤ h(z) ≤ 1:  論文誌 z の認知度
である.
f(x) を限り無く1に近付けることは,研究者本人と指導教官の研究能力次第であり,当然であると筆者は思っている.
h(z) は,投稿する論文誌を選択する時に重要である.インパクトファクタ IF (impact factor: from ISI) (そのうちに書く)が重要な指針となり,医学・生物学系ではかなり重要であるが分野によっては絶対的はでない.また,和文雑誌はIFの元となる Citation Index にはリストされていない.投稿する論文誌の認知度は,高いに越したことはないが,英文誌への投稿が絶対的でない分野も多く,また,速報性を重視した結果,IFの低い雑誌へ投稿した方が,結果的な認知度が高くなる場合もあろう.もちろん IFは正の実数値であるので, IF をそのまま h(z) として使用することはできない.
すると残りは g(y) であるが,ここがキーポイントである.ここは著者自身の研究の能力以外で,最もボトルネックとなり得る要素であり,また,(多少の) 努力次第で 1 に近付けることができる要素でもあろう.この多少の努力のための指針を与えることが本ページの目的である.上式の右辺は,和ではなく積であり,いかにプレゼンテーションが大事であるかを認識して頂きたい.間違えないで欲しいのは,25の研究で良い,と言っているのではない.研究はできて当たり前である.その研究成果の表現手段としての論文執筆能力・学会発表能力も研究能力のうちかも知れない.







良い研究・良い論文・有名論文誌そして伝わってなんぼ
しかしながら最近の学生諸君の (教員も) プレゼンテーション,論文はあまりにひどいものがある.

幸か不幸か,筆者はプレゼンテーション(日本語・英語とも)に非常に厳しいボス (元N大学・現C大学T先生)の下で鍛えられてきた(研究自身に厳しいのは全国的いや世界的に有名である).本稿は,そのように,自分の研究成果を100% 表現することを目的として書かれている.但し,本サイト自体は最低の作文であることは筆者自身,きちんと認識しているのでクレームは受け付けない.
以下,本文では例文がいくつか登場するが,○は良い例,×は悪い例を示している.

学術論文を書くための鉄則

本題に入る前に,論文を書く際に常に気にして欲しい最低限の心構え,すなわち学術論文を書くための鉄則を敢えてここで示しておく.
  • 感情を込めない
     → 感情は科学技術論文には不要であり,論文の趣旨を損なう.
  • 主観を入れない
     → 客観的に書く.論文の記述には必ず根拠が必要である.
  • 憶測を書かない
     → 事実のみを書く.推定と憶測は違う.
  • 行間を読ませない
     → 必要なことは全て明記する.
    論文は書かれた文章以上のモノでも以下のモノでもない.書かれていることのみが読者に伝わる.
  • 伝える努力を惜しまない
     → 論文は読者に伝わってなんぼのものである.
    内容はもちろん look & feel を含めて入念にブラシアップすることを惜しんではならない.
第 2 章 学術論文とは
学術論文とは
およそ「研究者」と言われる者は,その研究成果を世に還元することが責務であると筆者は信ずる.学術論文こそが,研究者がその研究成果を世に還元する手段である.学術研究は,正に学術のピラミッドであり,先人が成し得た功績 (自分の石が乗っている石) に基づいて未知の結論 (自分の石) を導き,そして次代の研究者による研究成果 (自分の石に乗っている石) から自分の研究成果が参照される.学術論文はその研究内容と先行研究との関連を記録する公式の文書である.
論文は事実 (多くは実験) とモデル (多くは数学を記述言語とするモデル) そして定量的考察に基づく客観的記述を行う.論文に主観と憶測は不要である.憶測でない,と言い張ってもそこに客観的根拠のない記述は単なる憶測である.さらに読者と読まれる状況をきちんと想定した論文執筆が必要である.そのため,論文には原著論文,会議論文,学位論文などの種類があり,論文執筆の方法,作法,などが個々に定められている.本章では論文の種類とそれぞれの意義付け,書き方の基本的な指針を考える.
 2.1 論文の三要素
論文には必須の三要素がある.
  1. 新規性 originality
  2. 有効性 availability
  3. 信頼性 reliablity
ゴールが予め分かっている実験・検討は,単なる学生実験にすぎない.君たちがしているのは,たとえ学部卒業研究であろうとも,学術研究の端くれである.いくら端くれであっても学術の一端を担っているという気概で臨んでほしい.学術論文ではこれら「新規性・有効性・信頼性」が絶対的な必須事項である.伝統的な学術論文誌に掲載される原著論文 (フルペーパー)や伝統的な国際会議論文ではこれら三項目について全てを要求し評価する.ひとつでも欠けていれば採録されないのである.
比較的新しい学術論文誌では三項目のうち一つあるいは二つを要求し評価するものもある.この場合は投稿要領・要項に明記されているのが通例である.明記されていなければ三項目必須となっていると考えてよい.なお,学術論文誌でもレター論文と呼ばれる区分では「速報性」を重視し,新規性+有効性,あるいは新規性+信頼性,場合によっては新規性のみで採録することがある.三項目を満たすための実験・検討・論文推敲は時間が掛かるものであるが,このようなレター論文は学術の進展にブレーキを掛けないための措置である.
いくら伝統的でない論文誌とかレター論文であってもいい加減な原稿で良いわけはない.本サイトで述べるような論文としての最低限の体裁はぬかりなく整えなくてはならない.いくらすばらしい研究でも伝わってなんぼ,伝わらなくては査読者にとってはただのゴミなのである.本サイトの隅々まで吟味し,論文原稿をブラシアップすることが採録への近道であるといえよう.

新規性 originality

いくら優れていても,だれかの二番煎じではいけない.いくら自分が一人で考えた,といっても,そのときにすでにだれかが同じことをしていれば,それは最初ではない.言い張っても単に先行研究をサーベイしていなかった者の愚行と見なされる.あの発明王エジソンでさえ電話の作成はしたものの,電話の発明としてはベルに先を超されたのである.これが新規性である.
例えば...
1979年のノーベル生理学・医学賞は「コンピュータ断層撮影の開発」として,コーマック (Allan McLeod Cormack)とハウンズフィールド (Godfrey Hounsfield) に連名で与えられた. それから遡り 1917年にラドン (Johann Radon) は積分変換の一種であるラドン変換という再構成理論を発表した.コーマックがラドン変換に基づく CT (計算機断層法: computed tomography) の基礎理論を Journal of Applied Physics に発表したのは1963年と1964年である.またそれとは独立にハウンズフィールドは CT 装置の構成法を1967年に構想し,1972年に論文発表した.学術上はコーマックが発明した CT 法に基づいてハウンズフィールドが CT 装置として実用化したということである.理論的発明者と実用化という分類をすれば例外とはならず, CT 法の発明者はハウンズフィールドではなく,あくまでもコーマックであり,1917年のラドンの論文がその根源なのである.コーマックはラドンの論文を読んでいるが,ハウンズフィールドがコーマックの論文を読んでいたかどうかは定かではない.ラドン変換がなければ今日の CT 装置は無かったはずであるが,ノーベル財団がラドンの業績をどう評価したかはこれも定かではない.
ここで私が言いたいことは...省略する.新規性を保証するのは,地道な文献検索・サーベイである.日頃から論文を読もう.
先人が築いたピラミッドの上の石となるような,そして,後輩の石がその上に置かれるような「役に立つ」石となろうではないか.そのためには,どんな些細なことでもよいから,誰も成し得なかったことを示そう.胸を張って,これは僕が世界で初めてやった,と言える研究をしよう.くり返すがどんな些細なことでもよい.

有効性 availability

その研究がどう役に立つのか,が有効性である.直接に製品に直結する必要はない.例えば「フェルマーの定理」が証明されたところで我々の生活に影響があるとは思えないだろう.しかし,その証明により整数論が進展し,堅牢な暗号体系が構成されれば個人情報や暗証番号の漏洩の心配が無くなるのだ.明日の生活に関与しなくても,100年後・数百年後にはなんらかの形で我々の生活に関わってくるだろう.
卒業研究のレベルであれば実験が失敗しても良いのである.どのような方法でどのような条件で失敗したのか,という情報は後進が同じ間違いを繰り返さないための有効な情報なのである.ただし,これは博士論文・雑誌論文とするには少々問題がある.
同じ目的を持った研究でも,「XXX の条件を与えれば,本方式はYYYの点で他の方式よりも優れている」,といえる研究に有効性である. XXXの条件が緩やかであればある程優れた研究と言えよう.

信頼性 reliablity

実験結果・検討結果を支えるものが信頼性である.君の実験方法は論文に正しく書かれているか,理論的考察に間違い・穴は無いか,いくら有効な方法でも,信頼できなければ役に立たない.本サイトでは特に,ことばでの表現の観点から論文の信頼性を高めるヒントが書かれている.
2.2 論文の種類

論文の種類

論文には,研究進行段階に対応して,いくつかのカテゴリがある.カテゴリによって想定している対象読者層は異なる.その対象読者がどのような知識を持っているのか,何を知りたがっているのか,を十分に念頭に置いて書かなくてはならない.無駄な情報,冗長な情報は,読む側には苦痛である.
  • 学会地方大会講演論文
    • 電気関係学会◯◯支部連合大会 (略称: ◯◯連大)
    などのように,学会の支部が開催するローカルな会議の論文集. 論文というよりは単なる予稿集ともいえる. 1ページあるいは半ページで,言いたいことを書くのは大変であるが, そのような制限がなければだれでも書ける. 限られたスペースでそれができてこそ一人前である.
  • 学会全国大会論文
    • 情報処理学会全国大会 (略称: 情処全大)
    • 電子情報通信学会全国大会 (略称: 信学全大)
    • 情報科学技術フォーラム (略称: FIT)
    などのように学会が年,あるいは半年に一回,開催する全国的な会議の論文集. これも1~2ページであり,予稿集としての性格が強い. (ただしFITの査読部門はレター論文扱い) なお,これくらいの分量において,最終ページに空白ができることなど, あってはならない.一行も残さず使い切れ.
  • 研究会論文
    • 情報処理学会研究報告 (略称: 情処研報)
    • 電子情報通信学会技術報告 (略称: 信学技報)
    通常6~8ページである.言いたいことを書くには,ほぼ必要・十分な分量がある. ここでも最終ページに余白を残すな.
  • 国際会議論文
    • Proc. of ICPR
    • Proc. of ICDAR
    • Proc. of IEEE - SMC
    などのような国際会議の論文であり当然,英語で書かれる. 日本語に固有なこと以外は本文は国際会議論文にも有効である. 「査読」といわれるシステムが存在することを覚えておこう.
  • レター論文,ショートノート
    • PR Letters
    • IT Letters
    レター論文,ショートノート(以下,レターという)などと言われる論文がある. 下の原著論文に準じて扱われるが,速報性,資料性などが 重視される.レターにも査読がある. 通常2~4ページと短く,かつ査読期間も短い. 上記のようにレター専門誌もあるが,下の原著論文と同じ雑誌内で 扱われることもある. 通常,レターとして掲載された論文は,拡張して原著論文(レターに対してフルペーバという)として 投稿することが許されている.
  • 原著論文
    • 情報処理学会論文誌 (略称: 情処論)
    • 電子情報通信学会論文誌 (略称: 信学論)
    • 画像電子学会誌 (略称: 画電学誌)
    • Computer Graphics Forum
    • IEEE Trans. on PAMI
    • IJPRAI (World Scientific Publ.)
    • Visual Computer (Springer)
    などのように,学会あるいは学術出版社が刊行する学術論文誌である. 原著論文には国際会議やレターよりも丁寧かつ厳重な査読システムがある. 研究のゴールであり,原著論文の出版をもってその研究は完結する. やりなおしは効かない.悔いの残らない様,全力を出し尽くして書け.
 筆者のところにも多くの査読論文の査読依頼が来るが,この本文に書かれていることを最低限守ってもらえればどれだけ読みやすい(査読しやすい)ことか... 本文を遵守して論文投稿すれば,査読者の頭痛も緩和し,採択率が上がる(かも知れない).
 ここで示した三種以外,すなわち学会口頭発表等は狭義には論文に含めない.このように「論文」の言葉の定義は時と場合によって異なるが,これを悪用(??)して,論文リストにしょうもない口頭発表論文を紛れ込ませることがある.一見,論文が多くて見栄えが良いように見えるが,然るべき人が見れば明白であり,そのような時には(就職,学位 etc.) 心証を悪くし,審査評価が下がるかも知れない.査読論文以外も併せて研究業績をリストしたい場合は このリストのようにカテゴライズして種類明記するのが誤解も無くて良いだろう.
 ただし,本文では書き方そのものを題材としているので,査読論文以外の予稿集論文も含めて論文と表記することにする.必要な場合は査読論文,原著論文などと可能な限り明記する.
2.3 論文の読者

論文の読者

繰り返し書くが,学術論文は「伝わってなんぼ」である.そのために大事なことのひとつとして「読者を想定した作文」がある.どのような専門性をどの程度持った読者が読むのか,ということをきちんと考えて執筆された文章はテンポ良く読み進めることができて心地よい.ここではそのような読者の想定という観点から学術論文を考える.

専門性

学術論文は,その道の専門家が読むものである.したがって,その道の専門家であれば常識中の常識であるような事柄は書く必要がないし,冗長・無駄であるので書いてはいけない.
  • × (情報科学系論文の緒言の冒頭にて) 近年,コンピュータが発達し... (あまりに当たり前すきであくびが出る)
  • × (有機化学系論文の緒言の冒頭にて) 有機物は炭素を中心として組成され... (中学の教科書じゃあるまいし...)
一口にその道といっても広い道もあれば狭い道もあろう.道の広さの尺度としては,大学の学科くらいに思っていれば良いと思う.それにしても上記例はその学部以外でも常識だろうが...
最近は特定の分野のみならず分野横断的な論文誌も多くなってきた. Interdiciplinary とか,学際的、とかいうあれである.このような論文誌では読者対象も自ずと広くなるだろう.自分の分野の常識を読者に押し付けないようにしたい.

学位論文の読者

学生としては,学位取得の為に次のような論文,すなわち学位論文を書く必要がある.
  • 卒業論文 (卒論, B論)
  • 修士論文 (修論, M論)
  • 博士論文 (博論, D論)
忘れないでいただきたいのは,卒業論文も,学士 (◯×学) という学位のための立派な学位論文である.ただ,卒業論文を課さない大学も多いのは事実であるが,本当に嘆かわしい.その実態はただの専門学校だろう.ドイツ型の大学体系を取り入れた筈の日本でもフンボルト理念はもはや神話となったのだろうか...
これらの読者は誰であるか,なんの為に書くのかをよく考えよう.学位取得のため,などというのは本末転倒である.先生が読む,というのもそれは結果論であって,それが目的ではない. それらのうち,特に卒業論文,修士論文は,君たちの後輩が読むものである.君たちが,4年生になったばかりの頃の知識を思い出してみよう.
  • その知識で,いま君が書こうとしている論文が理解できるか?
  • 同じモチベーション・問題意識が持てるだろうか?
  • なぜ,そのようなことをしたのか理解できるだろうか?
  • 同じ手順で,同じ実験を再現でき,同じ結果が出せるだろうか?
  • それらのための十分な情報を与えているだろうか?
  • 考察・検討が納得できるだろうか?
君たちの後輩は,君たちの研究を引き継いで,さらに発展させることがテーマとなるかもしれない.そのためには,(ソース)プログラムの所在地,コンパイル方法(場合によってはコンパイラの指定,オプションの指定を含めて),実行方法などの論文の本質とはならないような情報も,付録として付加する必要が有るだろう.一年前の君は "-lm -lX11" を覚えていたか!? 必要十分な記述でそれが理解できれば理想であるが,現実にはそれができる学生は希有である.学部三年次終了で理解できる様,「十二分」な情報を与えよう.
なお,博士論文は後輩も読むが,大学図書館のみならず国立国会図書館にも収蔵されるものである.

専門家でもピンキリ

さて,「専門家」の定義は,分野の問題のみならず論文の種類・レベルによっても異なる.ある国際論文誌の査読者用レポートフォームには,「大学院生によって容易に追実験できるか」という評価項目がある.これを最初に見たときは「目から鱗」の思いであった.それができなければ,再現性のない,不確かなもの,役に立たないもの,ということになるのである.ここでは専門家のガイドラインとしては,
  • 卒業論文 : 学部 3 年修了程度
  • 修士論文 : 学部 3 年修了程度
  • 博士論文 : 修士学生程度
  • 地方大会,全国大会論文 : 修士学生程度
  • 国際会議論文,原著論文 : 修士学生程度
としておく.工学が専門でない者が理解できる必要はないが,卒論・修論では少なくとも学部 3 年終了くらいの知識で実装できるくらいに詳しく書く必要が有ろう.「詳しく書く」ことと「易しく書く」ことは別次元の問題である.易しく書いたために,情報量が欠落するようではいけない.
2.4 論文を書く道具

論文を書く道具

いまさら手書きで書くことはないであろう.世には M$Word などがはびこっているが,特定のソフトウェアに依存するのは良くない.なぜなら,そのソフトがなければ修正したり閲覧したりすることができないからである.君たちが書いた卒論・修論を練り直して,君たちの後輩・教官が学術論文とするかも知れない.
 その点,TeX (LaTeX) が一番適している. LaTeXに勝るタイプセッティングシステムが出現しても,plain text であるから porting は簡単である.テキストエディタで作成・修正でき,WYSIWYG ではないが,レイアウトも想像できる (想像しなくても良い,あるいは想像してはいけない,というのが 高徳納先生 の意図だろう).また,スタイルを統一できる.信学論,情処論などの論文誌は学会がスタイルファイルを提供しているので,あとはテキストを論理的に考えれば良い.
 それ以外の学会全国大会,研究会論文,については岡田研データベースにスタイルファイルがあるのでそれを使用すると良い.また,卒論・修論・博論については,岡田研標準のスタイルファイルがあるので,それを必ず使用すること.しかし,最近の学生が書いた TeX ソースは見るに耐えられない.文献の citation では €cite を使用せずに平気でソース上で「なんとか[1]」,のように固定番号で書くし, €cite しても,ラベルが €bibitem{paper1}のようになっているし... LaTeX もろくに使えないようでは,その論理思考力も垣間見えようというものである.
 また,B,M,D論文にあっては,論文の書き方自体とは無関係であるが,君たちが書こうとしている論文のすべてのソース (epsファイルにあっては,元の drawファイル,画像ファイルを含む) の所在を明確にすること.
第 3 章 論文の構成と章建て
論文は論文誌においてひとつの章を構成する. 6~十数ページともなるひとつの論文がメリハリ・整理も無くだらだらと書かれていては,読む側にも苦痛であり,整理された論文は「読む」だけでなく,「見る」対象ともなる. 1,2ページの短い論文でも同様である.プログラミングの世界に構造化 (structured programming) という概念があるが,文章でも同様であろう.この structured writing の考え方で書かれた論文は見た目の美しさのみならず,内容も論理的であることが必然と多くなる.そう,論文は適切に細分化・整理されると「見た目に」美しいのである.見た目などどうでも良い,内容だ,という考え方もあろうが,見た目に美しい論文は読んでいて疲れない.疲れないということは前章で述べた「伝わってなんぼ」という考え方そのものに通じる重要な問題である.この構造化を支えるひとつの重要なものが適切な「章節項」による整理であろう.本章ではこの観点から論文の構成について考える.
3.1 基本的な論文構造

基本的な論文構造

論文本体は基本的に IMRAD といわれる構造で書く必要がある.
  • Introduction,
  • Method,
  • Result and
  • Discussion.
通常,論文全体の体裁としては,IMRAD に加えて TA, CBA が必要である.
  • Title,
  • Abstract
  • Conclusion
  • Bibliography
  • Appendix
これらが章などの要素となって,TA-IMRAD-CBA の構造でひとつの論文を成すのである.
卒論,修論,博論ではそれが一冊の体をなすので,最初の階層は「章」であるが,論文誌等にあっては一つの論文自体が一つの章とみなされるので,最初の階層は「節」となる. LaTeX では article クラス と book クラスで異なることを思い出そう.以下本文では,表現上は論文構造の最初の階層を「章」で統一して説明する.
拡張された TA-IMRAD-CBA 構造に従い,論文のおおまかな構成は以下の通りとなる. (アブストラクトなどは番号は付かないが章に準じて扱うことにする.)
  • タイトル (T)
  • アブストラクト (A)
  • 第 1 章 緒言 (I)
  • 第 2 章 XXX について (M1)
  • 第 3 章 YYY の理論的検討 (M2)
  • 第 4 章 実験と考察 (R + D)
  • 第 5 章 結言 (C)
  • 謝辞
  • 参考文献 (B)
  • 付録 (A)
  • 著者紹介
ほとんどの場合の自然科学系論文は,ここで示した5章構成,またはM1M2をまとめた4章構成で良いはずである.場合によっては,「実験R と考察 D」を分割した方が良いかも知れないがそれでも最大6章構成でよいはずである.だらだらと章にしてはいけない.アブストラクトは論文誌によっては本体アブストラクトとともに,他言語アブストラクト (本体が日本語の場合は英文アブストラクト) を要求される.謝辞・付録は必要に応じて付加する.著者紹介の項は論文誌によって設ける場合と設けない場合がある.
3.2 タイトル

タイトル

論文タイトル

「名は体を表す」という言葉通り,適切なタイトルにしよう.できるだけ具体的なタイトルが良い.
良くない例)
  • × X に関する研究 - 第 n 報 -
    n に何の意味があるのか.内容に関する情報量なし. 人文系・社会系の論文によく見られるが, 少なくとも自然科学論文には相応しくない. 「X に関する研究」の一部を論文にしているのだろうが, その主張点を明確にしたタイトルにすべきである.
    * X に関する研究 - 第 1 報 -
    * X に関する研究 - 第 2 報 -
      :
    * X に関する研究 - 第 n 報 -
    となっていては,どれがどんな内容か判らない.
  • × X に関する報告 - Y を中心として -
    副題も人文系.社会系に多く見られ,「第 n 報」よりは情報があるが, これも自然科学論文には相応しくない. 「X に関する報告」が複数あって,シリーズ化するからそうなるのだろうか. この例の場合,「Y における X の一検討」としても良いはずである. なぜわざわざ副題にするのか,合理的説明ができるのだろうか?

タイトルの禁句

科学における永遠の財産である学術論文において「新しい」という形容詞はどんな意味・意義を持つだろうか.その論文発表時点において内容にオリジナリティがあることは当たり前なのである.「新しい方式」,「新しいアルゴリズム」など,「新しい」「新」は論文の表現手段としては禁句である.自然科学論文は always new である必要がある.すなわち「新しい」ことは当たり前であるので使用禁止なのである.
  • × X のための新方式
  • × Y 問題に対する新解法
尤も,このことはタイトルに限らず論文本体でも原則として使用すべきではない.

タイトル末尾の検討

  • (◯/×) X に関する研究
    雑誌論文としては相応しくないが,学位論文としてはこれが良い. ただし,X が唯一無二でなくてはならない.
  • ◯ X に関する基礎的検討
    X の検討は唯一無二である必要はない.
  • ◯ X に関する一検討
    X の検討が唯一無二ではなく,あくまでもその中の一つであると明言している.
  • ◯ X に関する一考察
    X の考察が唯一無二ではなく,あくまでもその中の一つであると明言している.
  • × X について
     この場合の「について」には何ら有益な情報がない.  
    • 「X 法によるワクチン合成について」
    • 「X 法によるワクチン合成」
    どうだろう. 得られる情報に違いはあるだろうか? ここで述べた考え方は論文タイトルのみではなく,章節項のタイトルにも通じる.

章のタイトル

 章タイトルの字面そのものは,いろいろ考えられるが,特に緒言と結言の組み合わせについては統一性を持たせること.

  • 緒言 - 結言
  • 緒論 - 結論
  • 序論 - 結論
  • はじめに - まとめ,おわりに,むすび
    「まえがき」「あとがき」は不可.なぜか考えてみよう.
なお,学会論文以外の単行論文となる卒業論文・修士論文・博士論文では各章の中にさらに「はじめに-まとめ」を置くと良い.この場合は章タイトルとして「はじめに-まとめ」を使用することは二重になって読みにくい.
例)
  • 第2章 X の理論的考察
    • 2-1 はじめに
    • 2-2 X の背景
    • 2-3 前提と定義
    •  :
    • 2-n まとめ
3.3 概要・緒言・結言

アブストラクト・緒言・結言

アブストラクト・緒言・結言は一見,同じような内容と思われがちである.事実,書いてある内容は同じと思われることも事実であろう.しかし,それらの目的が異なるために内容も同一ではない.ここではアブストラクト・緒言・結言の基本的な考え方を考察する.

アブストラクト・緒言・結言の存在意義

(to be written)

「アブストラクト」

アブストラクトでは貴方の研究の
  • 目的 (何のために)
  • 対象 (何を)
  • 方法 (どうしたら)
  • 成果 (どうなった)
を簡潔に述べる.段落 (改行) は付けてはいけない.文の時制は,原則として「現在時制」とする.社会的背景や他の研究を言及する必要は(殆ど)ない.
例)





本論文では XXX のための YYY による一方式を提案する....
  ・
  ・
  ・
...理論的考察により提案方式の誤差が aa% であることを示すとともに, bbb による実験により従来方式に対する本提案方式の有効性を示す.
In this paper the authors propose a method to...
  ・
  ・
  ・
The error aa% is derived by a theoretical study, and The effectiveness of the proposed method is indicated by an experiment with bbb.

「緒言」

緒言では,次の事柄を読者を引きずり込むようにして書く.
  • その研究の社会的/産業的背景
  • 研究の意義,どうしてそれを研究するのか,それによって何がもたらされるのか
  • その研究の基礎となった研究の列挙 (1st Author と文献引用),概要,本研究との関連性,違い,に基づいた本研究のオリジナリティの主張
  • この論文では何を書くのか,何が示されるのか,何が明らかになるのか
  • 場合によっては特殊用語の説明
  • 論文の構成
また,特に緒言においては読者を引き込むための魅力作りの努力・工夫をせよ.多くの読者は,タイトルを見,次いでアプストラクトを読み,それで興味を持ったら論文本編を読む.本編の緒言が興味を引くものでなければ,続きを読んでもらえないであろう.また,いきなり本題に入っても理解できるはずが無い.
  • × (はじめにの冒頭で) 光束追跡法の幾何構造は,...
 これは CG の専門家でもギョッとする書き出しである.但し,支部大会論文では許される.なぜか考えよ.対象読者が知っている,あるいは容易に受容できることから始めて「引きずり込む」のである.「読者が受容できることを引き金にすること」が大事である.
  • ◎ リアルな CG の生成アルゴリズムとして知られる光線追跡法を高速化した方式として光束追跡法[1]がある.その幾何構造は,...
  • ◯ 光束追跡法という高速光線追跡法[1]の幾何構造は,...(「という」の効果)
  • △ 光束追跡法[1]という方式の幾何構造は,...(「という」の効果)

緒言の時制

 原則として本論文の主張点については「現在時制」で,比較対照となる他の研究成果は「過去時制」,場合によっては「過去完了時制」で書く.当該論文に直接関係する自分の直近の論文は「現在完了」,場合によっては「現在進行形」とする.

例)
XX らは YY [1]に関する報告をした.筆者らは既に XX の実験結果に基づいた ZZ 法の基礎検討[2]を行っている.本論文では ZZ 法[3]を拡張した ZZZ 法を提案する.

「結言」

 結言では,この研究によって得られた新たなる知見をまとめる.原則として「現在完了時制」で書く.したこと (のみ) をかくのが結言ではない.
  • × 本論文では,shape from X のひとつとして,XXX 特徴から形状推定する手法を提案した.
  • ◯ 本論文では,shape from X のひとつとして,XXX 特徴から形状推定する手法を提案した. その結果,YYY% の精度で推定できることが確かめられた.
 また,本研究でなし得なかった事柄,浮上した問題点を今後の課題として指摘する.本研究の目論みと外れた,本研究に起因する問題点と,ただ手が回らなかった事柄を分離して書くとさらに良い.
  • ◯ XXX 特徴ではYYYの場合に形状推定ができないので,その原因を検討する必要がある.さらに,ZZZ 特徴を使用すれば精度向上が期待できるので,今後,両特徴を融合した方式を検討したい.
また,個人的な努力 (プログラム作成のために3日徹夜したとか),作業上の工夫 (vi ではなく Emacs を使用したとか) は本文に書く必要は全くないし,書くべきではない.それは単に君の能力が劣っていることを公表するだけのことである.どうしても書きたければ付録とせよ (卒業論文, 修士論文以外では厳禁).
3.4 メインボディ

メインボディ

論文の章建てのうち,緒言と結言の間の章が論文本旨であり,ここではメインボディということにする.メインボディは論文の核心であり,特に論理的な組み立てに注意して記述する必要がある.

「第2章 X について」

ここでは,本論文で新たに提案する事項・発見した事項 (X と表現することにする),などの前提について,緒言で導入したことがらに対してさらに詳しく言及・説明する.場合によっては,他の研究を引用して比較説明する必要が有るだろう.
  • 導入: X とは何か
  • 問題意識・必然性: なぜ,X の研究をするのか
  • 新規性: すでに発表されている他の方法と比較して何がどのように新しいのか
  • 優位性: すでに発表されている他の方法と比較して何がどのように優位なのか

「第3章 Y の理論的検討」

本論文で提案する事柄 (Y と表現することにする) の理論的考察,定量的検討を行う.よく,言葉でだらだらと書く学生がいるが,言葉の表現は曖昧である.我々,自然科学を学ぶ者には「数学」という極めて usable な道具がある.問題を定式化して数式で表すことは,必須の事項であるということを心得よ.
例)
  • × xy より大きくて z より小さい. (より大きい,より小さいが曖昧)
    → ◯  y < x < z である. (あるいは など,正確に)
さらには数式のみが数学ではない.定理・証明スタイルで隙のない演繹を自分の言葉で表現せよ.
ここで第 3 章執筆の重要なヒントを出しておく.
全ては定義から始まる
例えば,
(to be written)

「第4章 実験と考察」

実験の項では,実験方法,実験結果,考察を書く.ここでプログラムや詳細なアルゴリズムを書く必要はない.しかし,専門家が見れば,同じ実験ができ(追実験),同じ結果が出る,または理解できるような最低限の情報をのせなければならない.そのときのキーワードを列挙しておく.
  • 問題意識: なぜ,そのような実験をしたのか理解できるだろうか?
  • 再現性: 同じ手順で,同じ実験を再現でき,同じ結果が出せるだろうか?
  • 情報量: それらのための十分な情報を与えているだろうか?
  • 必然性: 考察・検討が納得できるだろうか?
例)
  • ◯ 得られた住所録データを電話番号の辞書式順序によってクイックソート法により昇順ソートした.
  • × 得られた住所録データを並べ替えて整理した.
考察の項は,理論と事実に基づく客観的検討を行う.根拠のない憶測は不要である.憶測と (根拠の有る) 推測は違う.
実験結果の定量評価・定性評価を行う場合には,かなり,多い,少ない,すごく,といった曖昧な副詞・形容詞 (比較を除く) 類の使用は厳禁である.
(曖昧性・冗長性参照)
 3.5 「参考文献」

参考文献

参考文献は,貴方の研究の基礎となるものである.全く,あるいは殆ど参考文献の無い論文をときどき見かける.これは,ひとの成果を全く/殆ど利用しないで研究をした,という意味であるが,それが現代において可能だろうか? もちろん不可能とは言わないが,もしそんなことができたらそれは世紀の大発見とでも言うべきものであろう.
現実的には,他人の築いた礎の上に,貴方の研究があるはずである.ピラミッドの中で,自分の石の下にある石は総べて参考文献とするべきである.例えば,snakes (動的輪郭法) の研究をした場合, Kass の論文は絶対に参考文献にあげなければならないし,光線追跡法を使用したら Whitted の論文が必ず貴方の石の下にある.いくら彼等の論文を参考にしないで,自分で snakes と等価のプログラムを作成したとしても,それが算法として等価であれば貴方の発明ではない.例え等価でなくより優秀な算法を発明したとしても,目的が同じであれば,比較対象として参考文献とすることは必須条件であり先人の功への当然の礼儀である.
なお,参考文献にリストしたものは必ず本文で引用すること.引用のないリストアイテムは禁止である.というよりも,関連する研究であれば,かならず参考文献としてリストして本文で引用すべきである.参考文献の引用方法とリストの作成方法は,別章で詳しく述べる.
3.6 「謝辞」

「謝辞」の書き方

謝辞の意義

謝辞は単にお礼を述べる場,ではない.著者となることはその研究成果の「創出者」であることを公にする唯一の手段である.しかし,その研究成果の創出はその著者だけによったのだろうか.創出者とまでは言えなくとも,不可欠であった協力者はいないだろうか.その協力者の名前を明示することはその研究成果の出自を明らかにする手段である.また会社・組織等によっては研究費支出,貴重な資料を拠出する,なんらかの協力をするための担保ともなる.支出・拠出した側にとれば論文の謝辞にしかその証拠がないということである.謝辞にも書かれていなければ支出報告書に書けない.最近は雑誌論文でもこの謝辞の存在意義を勘違いしたものが目立つ.研究の円滑な遂行ということを考えてきちんと謝辞を書くことが必要である.

謝辞の基本的な書き方

謝辞は自然科学の学術論文のなかで,主観を書いて良い唯一の場所,といって良いであろう.ただ,冗長であってはならず,簡潔に書かなくてはならない.査読の際にはこの謝辞欄は伏せられて査読者に依頼されるのが普通である.ときどき,査読者への謝辞を見かけるが,これは原則として必要ない.査読者のコメントが研究を大幅に進捗させた,とかのときぐらいだろうが,滅多にあることではない.
研究プロジェクトは単独ではなく,多くの人たちによって推進されているだろう.その全員を共著者にする必要があるかどうかの決め手となる普遍的基準は残念ながら無い.ファジィに表現することが許されるのであれば,その論文の本質部分において顕著な功績があったら連名にすべきであり,それほどでない,ということであれば謝辞となるであろう.分かりやすく言えば,アルゴリズムを考案することは学術上の貢献であるが,それを実装・コーディングしただけの場合はそうではないし,指導教員のいうままに学生が実験したのであればその学生の学術上の寄与はゼロである.実装・実験した人間ではなく,アイディアの発案者にその学術的功績の本質がある.この点で,多くの卒業研究,修士研究,場合によっては博士研究にもこの疑念があることは極めて遺憾であるとともに,一部の学生が完全に勘違いしていることも残念である.現実的にはどの程度が連名で,どの程度が謝辞かはキミではなくキミのボスが決めることであろう.当然ながら,卒業論文・修士論文・博士論文は単一著者である.

順番

項目の順番は,もちろんその研究に対する学術貢献度の高い順である.一般的には次のようになる.
  1. (学位論文であれば) 主査 (指導教官)
  2. (学位論文であれば) 副査 (副指導教官)
  3. 連名にしていない共同研究者
  4. 共同研究者とは言えないが助言を頂いたり,討論した人
  5. 資料・試料等の提供者
同じ項目で複数の人がいる場合は,組織的に遠い人を先に書くこと.もちろん同一組織の場合はエライ人を先に書く.

  • 例) 他学科専攻の先生 > 同一学科専攻の先生
  • 例) 他大学,他企業の人 > 同一大学・企業の人
 

研究奨学金等の記載

奨学金,研究費は謝辞記載が義務付けられていることがあるので要注意である.
科研費使用ルールより抜粋転載.





研究成果を発表した場合は、科研費により得た研究成果であることを表示してください。 ・Acknowlegment(謝辞)の表示例は、次のとおりです。






(和文) 本研究は科研費(8桁の課題番号)の助成を受けたものである。
(英文) This work was supported by KAKENHI(8桁の課題番号).
(原文ママ.英文のカッコもピリオドも全角...これだから役人は...)

基本表現

謝辞の基本的表現は以下の通りである.
和文の例)
  • 感謝する.深謝する.
  • 感謝の意を表する.深謝の意を表する.謝意を表する.
英文の例)
  • The author(s) thank ... for his (their) ...
  • Our (My) sincere thanks to ... for his (their) ...
  • The author(s) would like to thank ...
  • The author(s) sincerely thank ...
謝辞の項でも,敬体,敬語は不要であり,常体 (である調),普通語で書くこと.である調だから丁寧ではない,ですます調で書いた方が良い,というのは間違いである.その研究への学術的貢献を事実としてきちんと列挙することが研究者としての謝意の正しい表明方法なのである.
敬称は基本的に不要である.可能な限り,所属も併記し,肩書きがある場合はそれに従う.うろ覚えで書くのではなく,名刺等で確認してきちんと正式名称で書くこと.よく間違っている (名前でさえ!) ものを見かけるが極めて失礼なことであり,謝意が台無しである.会社名を間違えたら次年度の協力は無いと思え!

和文の例)
  • × ***様
  • ◯ ***氏 (特に肩書きがない場合)
  • ◯ ***株式会社***部研究員***氏
  • ◯ ***株式会社***部研究員***博士 (博士学位所有者の場合)
  • △ ***先生 (教員の場合)
  • ◯ ***大学***学部***学科教授***先生
  • ◯ ***大学***学部***学科研究員***博士 (教員でない場合等)
和文雑誌において日本人名および漢字圏人名はフルネームとすること. 中国人名,韓国人名で漢字が日本語にない場合は本人に使用代替文字を確認すること. 日本人であっても特に気を付けたいのが異字体である.例えば長尾眞(ヒではなくナベブタ)先生を「長尾真」と紹介している媒体をよく見かける.ご本人は快く許容しているのであろうが,やはり正式名で書きたい.女性で旧姓併記の場合もそれに従うこと.
英文の例)
  • Mr. *** from ***
  • Dr. *** from ***
  • prof. *** from the University of ***
  • professors *** and *** from ...
英文論文においては人名は [イニシャル+family name] とすること.

実例

雑誌論文の場合

雑誌論文では多くても2~3行で簡潔に書く.学術的な協力者にとどめ,家族に対する謝辞は禁止.
  • ◯ 資料を提供して頂いた XX 大学YY学部教授 ZZ 先生に感謝する.
  • ◯ 実験に協力頂いた◯●氏に感謝する.
  • ◯ 本研究の一部は科学研究費 (基盤研究 (B) No. xxxxxxxx) によった.
謝辞が長くならないようにする工夫:
  • 協力者の所属の部署名等は省き,大学教員の所属は大学名,企業研究者の場合は企業名のみとする.所属はコンセンサスのある略称で可.(名大, NTT, 産総研 etc.)
  • 科学研究費補助金は「科研費」と省略する.基盤研究 (B)は「基盤 (B)」など,場合によっては種目は省略して良い.
雑誌論文の場合の具体例:





謝辞 実験に協力頂いた aa 大学 yy 氏,ご討論頂いた bb 大学教授 zz 先生に感謝する. 本研究の一部は日本学術振興会科学研究費基盤研究 (B) No. xxxxxxxx によった.
Acknowledgment   The authors thank Prof. M. Okada from the Univeristy of XXX for his valuable comments. A part of this research was supported by Grants-in-Aid for Scientific Research, MEXT (No. xxxxxxxx).

学位論文の場合

卒論・修論・博論では謝辞に1ページくらい割いてもよい.博士論文の場合は主査,副査,指導教官 (小講座の場合は教授・准教授・講師・助教・助手等),そして研究を手伝ってくれたり,討論で研究をブラシアップしてくれた研究室の先輩,同僚,後輩.また研究室外,学外との共同研究の場合でお世話になった場合はその担当者.そして場合によっては家族等.
  • △ 本研究にあたり直接の御指導を頂いたX大学Y学部Z学科A教授に深謝する.
    (実は,このスタイルは肩書きによっては一貫性破綻・矛盾する)
    → ◯ 本研究にあたり直接の御指導を戴いたX大学Y学部Z学科教授・A先生に深謝する.
  • ◯ 本研究第 n 章の実験で資料を提供して戴くとともに有益なご助言を戴いた株式会社 cc 研究部 dd 研究員 ee 氏に感謝の意を表する.
学位論文の場合の具体例:





謝辞
本論文は筆者が〇〇大学大学院△研究科◇専攻博士後期課程に在籍中の研究成果をまとめたものである.同専攻教授 aa 先生には指導教官として本研究の実施の機会を与えて戴き,その遂行にあたって終始,ご指導を戴いた.ここに深謝の意を表する.同専攻教授 bb 先生,並びに,同専攻准教授 cc 先生には副査としてご助言を戴くとともに本論文の細部にわたりご指導を戴いた.ここに深謝の意を表する.本研究の第 4 章の実験では株式会社〇〇・ △研究所主任研究員 dd 博士に資料を提供して戴くとともに有益なご助言を戴いた.ここに同氏に対して感謝の意を表する.本専攻 ff 研究室の各位には研究遂行にあたり日頃より有益なご討論ご助言を戴いた.ここに感謝の意を表する.
本研究の一部は日本学術振興会科学研究費 (特別研究員 No. xxxxxxxx) によった.
学位論文ではページ数に限りがあるということは恐らくはないので所属等は省略しないで正式なものを書くこと.

感謝の程度

謝意の程度の表現に差をつけたい場合の指針(絶対的ではない).

  • 深謝 > 感謝
  • 深謝の意 > 感謝の意 > 謝意

頂く vs 戴く

悩むところだろう.ひところは筆者も相当悩んだ.おそらくは現代日本語では実効的差異はない.いろいろな考え方があるので参考程度に.「いただく」とカナ表記する,という流儀もある.

漢字の分類上の差異

  • 頂: 常用漢字,教育漢字 (小学校6年生)
  • 戴: 人名用漢字,(旧)常用漢字外,新常用漢字(2010年)

文法上の差異

漢語林では、
  • 頂く: 「貰う」の謙譲語
  • 戴く: 「貰う」の敬語
と書かれている.この意味では実際上の違いはない.

字義の差異

このような同音類義語の区別を考えるには,その漢字の意味を考えるのも一案である.
  • 頂く: 頭の上 (これが頂の源義) に手を差し出して,「モノ」を受け取ること.
  • 戴く: 載せること.代表例は「戴冠式」「戴帽式」.冠・帽を貰う式ではなく,「載せて貰う」式,地位を授与される式.転じて「動作」をして貰うこと,「モノ」ではないものを貰うこと.
この意味では次のような使い分けとなるかも知れない.
  • 資料を提供して戴いた,討論戴いた,
  • 資料を頂いた,

変な日本語 at 謝辞

  • × ~は〇〇して頂いた.
      (~は主語なの? それで「頂いた」で結ぶ?頂いたのは自分でしょ!)
      → ◯ ~には〇〇して頂いた.
  • × ~は〇〇してくれた.
      (主語は自分にする.それとせめて丁寧語を使おうよ.でも主語を自分にしたら謙譲語で)
      → ◯ ~には〇〇して頂いた.
  • × ~に感謝を表する.
      (感謝って表することはできないなぁ...意を表すことは可能でも...)
      → ◯ 感謝の意を表する.謝意を表する.
3.7 書く順序

書く順序

ここで言う論文を書く順序とは,章立てのうちで,何章から書きはじめるか,ということである. 論文の構成が,

  • タイトル
  • アブストラクト
  • 第1章 緒言
  • 第2章 XXX について
  • 第3章 YYYの理論的検討
  • 第4章 実験と考察
  • 第5章 結言
  • 謝辞
  • 参考文献
  • 付録
であることは上でも述べた.さて,このリストの上から順に書くのが最適なのだろうか? 私の場合の答はNOである.
 「私の場合」と書いたのは,人によって場合によって異なるからである.以下,適宜自分に当てはめて最適な順序を探してほしい.

  1. 準備: まず必要なことはこの論文で何を主張するのか,を決定することである.例えば,「XXXの問題を解決するためにYYYの手法を提案し,それが有効である.」ことを主張することとしよう.
  2. 次に仮題をきめる.
    上記の場合,「XXXのためのYYYの一手法」のような感じである.
  3. 参考文献リストを作成する.
    本来ならば,論文を書く段階ではなく,研究開始時にサーベイを丹念に するべきである. ここで言うリストの作成とは,€bibitemの作成と思って頂きたい. サーベイの段階で読んだ文献を片っ端から書き留めて置くことが望ましい.
  4. 章建てを決定する.
    章・節,場合によっては項のレベルまでタイトルを決定し, TeXならば €chapter, €section, €subsectionを書いて, ひとつにつき1,2行の内容をそこに書いておく.
  5. 図・表を作る.重要な式があれば列挙する.
    これらは料理で言えば重要な材料である. 理想的には,これらは論文を書く段階ではなく,研究実行中に書くのがよい. これらを以下の手順で調理する.
  6. 以上で論文の骨格ができているので,全体の整合性をよく見て, 「主張」とその「根拠」が「見える」かどうか,を考えよ. よくできた構成ならば,文章がなくてもこの段階で全体が見渡せるはずである.
  7. 第n章 結言 を書く.
    自分が研究してきたこと,検討してきたこと,結論を書いてみよう. そこでなし得なかった,今後の課題ももちろん言及する.
  8. 第1章 緒言 を書く.
    結言を導くための導入である.読み手(もちろん査読者を含む)を引き付ける工夫をしよう.
  9. 理論的検討 を書く.
  10. 実験と考察 を書く.
    結言に書いた結論を論理的に引き出す構成とする必要がある.
  11. アブストラクト を書く.
    アブストラクトを最初に書いても良いが,論文本体が アブストラクトに引っ張られてしまう恐れがあり,それでは本末転倒である. 私は最後に書くようにしている.

仕上げ

 大事なことは,「論文が閉じている」ことである.閉じている,とは,例えるならば「未解決ラベルが無いこと」または,「未定義ポインタが無いこと」「未参照実体が無いこと」とでも言えるだろうか.図番号と参考文献番号の[?](TeXの場合)は論外として,未定義の言葉を使用していないか,前提の根拠はあるか,いきなり新しい概念を出していないか,などを丹念にみよう.不足が在ればそれを補完する参考文献を追加すれば良い.
 また,同義の言葉・用語を異なる字面で書いていないか.ひとつの論文の中で,
など,様々な観点から統一した記述と用字法を用いること.
 

熟成

 最低1週間,できれば1ヶ月,そっと寝かせておくと,ワインのように論文が熟成される.いや,正確に言うともちろん論文は変化しない.変化するのは著者すなわち貴方の頭である.まだ判らないかな? ようするに書いた内容を忘れて,第三者の目で論文を読み直すのである.すると不思議なことに書いている時には気付かなかった誤字脱字はては論理的不整合などが「よく見える」のである.
 そのためにも,論文は早めに手をつけよう.上記,論文構成(章建て)だけでも早めに決定しておくと良い.
第 4 章 参考文献の引用
自然科学の学術論文では自明なことがら以外は,総てにその裏付けを必要とする.自分が成し得た研究の直接の内容・結果を裏付けるのは,その定量的理論,定性的理論,実験結果に基づく客観的な考察である.だから参考文献は必要ない,と言っているのではない.自分がその研究で見いだしたこと以外の内容を裏付けるもは既発表の文献である.論文でそれらを明示的に裏付ける手段が参考文献の引用である.
あなたの行った研究は,学術研究であれば必ずほかの先人の研究成果の上に成り立っている.直接に参考にして実験・調査等を行わなかったにしても,あなたの研究は学術というピラミッドを構成するひとつの石であり,その石の下にはその石を支える石がある.そのような先人の研究成果は,参考文献として引用することによって読者が読んだときにピラミッド構造の一部を垣間みることができるのである.
そのような先人の研究は「参考文献として引用・参照」しなくてはならないのである.どの程度の関連論文まで引用するか,は難しい問題である.
参考文献の引用で注意すべき点は主として次の三点であり本章ではこれらについて考える.
  • 「引用・参照する場所での書き方」
    本文中でどのように表現するか,という問題であり,Web でいうアンカーに相当する.
  • 「引用・参照する文献情報の書き方」
    論文の末尾でリストアップする参考文献情報の書き方,リストの仕方である.
  • 「引用・参照する文献の選定」
    なんでもかんでも引用できるわけではなく対象文献は厳選しなくてはならない.
4.1 引用・参照の仕方

引用・参照の仕方

Quotation と Citaion

研究はピラミッドであることは別項で述べた.そのピラミッドの自分の石の下の石をきちんと明示することは,
  1. 学術ピラミッドでの自分の位置の明示
  2. 先人の功へのねぎらい
  3. 既知である事項の冗長な再掲の省略
という意義があるだろう.形式的に重要なのはもちろん (1), (3) である.この明示を参考文献の引用・参照というが,主として次のような二種類の引用・参照方法がある.
  • 【狭義の引用】: quote, quotation
    人文科学など,論文・書籍等の内容の一部を文脈・セマンティクスの正確さを重視して参照するためには「一字一句違わずに」再掲することが必要である.文字通り quote,括弧等で直接話法的に言及し,これが本来の「引用」である.従って,英文論文等を引用する場合の引用ケ所はその原文のまま書く必要がある. quotation では引用される文献の目録を「引用文献」と標記し,引用ケ所ページも明記することが通例である.
  • 【広義の引用】: cite, citation
    特に自然科学系では文脈・セマンティクスの正確さは無用であり,そこにある論理的事実が重要である.従って,一字一句違わずにそのまま書く必要性は全くない.このため,しばしば引用というよりは参照といわれる. citation では引用される文献の目録を「参考文献」と標記することが通例である.
次に二種類の例を使用して quotation と citation を対比してみる.
quotation が意義を持つ例
川端は文献[1]において「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」と記している.
  : 引用文献
[1] 川端康成: “雪国”, 創元社 (1948)
川端は文献[1]において雪国との国境にはトンネルがあるとしている.
  : 参考文献
[1] 川端康成: “雪国”, 創元社 (1948)


citation が意義を持つ例
Rosenfeld らは文献[1]において画像を “Informally, a picture is a flat object whose brightness or color may vary from point to point.” と説明している.
  : 引用文献
[1] A. Rosenfeld and A. C. Kak: “Digital Picture Processing”, p. 2, Academic Press (1976)
Rosenfeld らは画像を位置ごとに明るさや色が変化する平面[1],と説明している.
  : 参考文献
[1] A. Rosenfeld and A. C. Kak: “Digital Picture Processing”, Academic Press (1976)


    どうだろうか.このように対比すると,特に人文科学系では quotation が意義を持ち,自然科学系ではquotation は不要・冗長であって citation に意義があることがよく判るであろう.本文は主として自然科学論文を対象としているので引用とは citation を意味することを通例とする.

    引用・参照の方法

    研究者名の後ろで citation する方法と,研究内容の名詞句の後ろで citation する方法があるが,どちらかというと後者が良い.なお,研究者名に肩書き,敬称 (教授,博士,さん,氏) は不要である.研究者名の表記については,和文論文では和文文字で姓,英文論文では欧文文字で姓を書く.たとえ,引用する英文論文の著者が日本人で,たまたまその漢字表記を知っていても,欧文文字ローマンアルファベットで姓を書くこと.著者が複数の場合は,「岡田ら」「Okada ら」とする.

    • × 曖昧な数式の意味理解のために,経験辞書・感性辞書による方式が提案されている.
        (引用を全くしていない)
    • × 曖昧な数式の意味理解のために,Okada らによって経験辞書・感性辞書による方式が提案されている.
        (文献が明示されていない)
    • △ 曖昧な数式の意味理解のために,経験辞書・感性辞書による方式[1]が提案されている.
        (研究者名が書かれていない)
    • ○ 曖昧な数式の意味理解のために,Okada ら[1]によって経験辞書・感性辞書による方式が提案されている.
    • ◎ 曖昧な数式の意味理解のために,Okada らによって経験辞書・感性辞書による方式[1]が提案されている.
    文献の番号は,その引用側論文における引用の順に通し番号となっていること.また,番号で引用する場合と,シンボルで引用する場合がある (LaTeXではどちらも使用できる).学会論文は前者が圧倒的多数であるが,後者のスタイルをとる論文誌もあるので注意せよ.卒論・修論・博論では,参考文献リストの整理が大変であるので,後者のスタイルにすると都合が良い.
    • ○ 文書理解の一基本手法として,Okada らは濃度値モルフォロジ法[2]を提案した.
    • ○ 文書理解の一基本手法として,Okada らは濃度値モルフォロジ法[Okada96]を提案した.
    また,文献番号の大きさ、すなわち通常配置か上付き位置か、にも気をつけたい.
    • △ 文書理解の一基本手法として,Okada らは濃度値モルフォロジ法[2]を提案した.
    • ○ 文書理解の一基本手法として,Okada らは濃度値モルフォロジ法[2]を提案した.
    • ○ 文書理解の一基本手法として,Okada らによる文献[2]では濃度値モルフォロジ法が提案されている.
    • × 文書理解の一基本手法として,Okada らによる文献[2]では濃度値モルフォロジ法が提案されている.
    引用番号の表記上付きの場合はは (1) のような丸括弧と [1] のような鍵括弧の両方式があるが,本文インラインの場合,数式番号との区別のため丸括弧は避けた方が良い.著者名シンボル等の場合は鍵括弧を使用する.
    • ○ 文書理解の一基本手法として,Okada らは濃度値モルフォロジ法[2]を提案した.
    • ○ 文書理解の一基本手法として,Okada らは濃度値モルフォロジ法(2)を提案した.
    • ○ 文書理解の一基本手法として,Okada らは濃度値モルフォロジ法[2]を提案した.
    • × 文書理解の一基本手法として,Okada らは濃度値モルフォロジ法(2)を提案した.
    • ○ 文書理解の一基本手法として,Okada らは濃度値モルフォロジ法[Okada96]を提案した.
    • × 文書理解の一基本手法として,Okada らは濃度値モルフォロジ法(Okada96)を提案した.
    ただし,実際問題としてはこれは掲載論文誌の編集ルールによって異なる.
    4.2 参考文献目録の書き方

    参考文献目録の書き方

    一般的注意

    • ":" "," "." の右側には必ず半角スペースを置く.(Vol. の後ろ,No. の後ろ等に注意)
    • 上記の例外は,Co., Ltd. のようにその記号が連続しているとき.
    • p. は page の略,pp. は page to page の略である.
    • 全角カンマを使わない.
    • 場合によっては,著者名,論文名をルールに従って省略してよい.(卒論等では省略しないこと!)
    • 少なくとも,文献をアクセスするための最小限の情報 (雑誌名,主著者名,No. Vol. pp.)を省略してはいけない.
    • 以下では和文媒体と英文媒体について説明しているが, これは貴方が書く論文の 和文/英文 の別ではなく, 参照される先行研究の論文の記述言語の問題である.
    • 日本語で書く論文では日本語論文・英語論文を引用して良いが, 英語で書く論文では原則として英文論文の引用に限られる.

    書籍等のリスト

    著者名と書籍タイトル,出版者名,出版年月を書く.書籍の中で特に引用箇所を明示したい場合は,ページを付記してもよい.いわゆる刷り数 (第1刷とか) は書かなくても良いが,版数 (第二版とか) があれば書く.

    和文書籍


    1. 岡田稔: "Cによるプログラミング演習", 近代科学社 (1993-11)
    2. 岡田稔: "Cによるプログラミング演習(第一版)", 近代科学社, pp. 50-51 (1993-11)
    一般的には 1. の書式で良い.

    英文書籍

    (to be written)

    学術雑誌論文のリスト

    和文論文

    著者名は可能な限り,姓のみでなく,姓名とすること.著者数が多い,あるいは1~2ページの予稿集論文などで欄が不足する場合は筆頭著者+「ら」としてもよい.以下,上から順に下に省略度が高くなる.

    1. 大河内俊雄, 岡田稔, 水野慎士, 鳥脇純一郎: “仮想版画 - 自動切削による仮想版木作成支援と多版多色刷りの検討”, 電子情報通信学会論文誌 D-II, Vol. J83-D-II, No. 12, pp. 2698-2706 (2000-12)
    2. 大河内俊雄, 岡田稔, 水野慎士, 鳥脇純一郎: “仮想版画 - 自動切削による仮想版木作成支援と多版多色刷りの検討”, 信学論 D-II, Vol. J83-D-II, No. 12, pp. 2698-2706 (2000-12)
    3. 大河内俊雄ほか: “仮想版画 - 自動切削による仮想版木作成支援と多版多色刷りの検討”, 信学論 D-II, Vol. J83-D-II, No. 12, pp. 2698-2706 (2000-12)
    4. 大河内ほか: “仮想版画 - 自動切削による仮想版木作成支援と多版多色刷りの検討”, 信学論, J83-D-II(12), 2698-2706 (2000-12)
    5. 大河内ほか, 信学論, J83-D-II(12), 2698-2706 (2000-12)
    概ね,博論,修論,卒論では 1. ,論文誌・研究会論文・シンポジウム論文では 2. ,全国大会・地方大会論文では 3.~5. を使用する.

    英文論文

     n人の著者のとき,n-1 人目と n人目の著者名の間は and をいれること. nが多い,あるいは1~2ページの予稿集論文などで欄が不足する場合は筆頭著者+「et al.」 としてもよい (別章参照). "et al."は,"英) and others, ラテン) et alii"の略であるので, etの後ろはピリオド不要,alの後ろにピリオド必要であり,イタリックにする.さらに雑誌名をイタリックにすると良い(LaTeXでは {\em ...} タグ).

    1. D. Tasaki, S. Mizuno and M. Okada: “Virtual Drypoint by a Model-driven Strategy”, Computer Graphics Forum: Journal of the European Association for Computer Graphics, Vol. 23, No. 3, pp. 431-440 (Aug. 2004).
      (Full notation)
    2. D. Tasaki, S. Mizuno and M. Okada: “Virtual Drypoint by a Model-driven Strategy”, Computer Graphics Forum: J. of Eurographics, Vol. 23, No. 3, pp. 431-440 (Aug. 2004).
      (学会名の省略記法,Journal→J.)
    3. D. Tasaki, S. Mizuno and M. Okada: “Virtual Drypoint by a Model-driven Strategy”, Computer Graphics Forum, Vol. 23, No. 3, pp. 431-440 (Aug. 2004).
      (論文誌が有名な場合)
    4. D. Tasaki et al.: “Virtual Drypoint by a Model-driven Strategy”, Computer Graphics Forum, Vol. 23, No. 3, pp. 431-440 (Aug. 2004).
      (第二著者以下を省略)
    5. D. Tasaki et al.: “Virtual Drypoint by a Model-driven Strategy”, CG Forum, 23(3), pp. 431-440 (Aug. 2004).
      (Vol. No. の書き方に注意.この書式 v(n) をデフォルトとする論文誌も多い)
    6. D. Tasaki et al.: CGF, 23(3), 431-440 (Aug. 2004).
      (最終手段であり,省略掲載論文誌名のコンセンサスがある場合)
    概ね,博論,修論,卒論では 1.~2. ,論文誌・研究会・シンポジウムでは 3. ,全国大会・地方大会では 4.~6. を使用する.
    英文文献の著者名には,フルネームは不要. first name イニシャル + family name とすること.姓と名の順序は論文誌により作法が異なる.
    • 形式A: M. Okada (一般的か?!)
    • 形式B: Okada, M. (伝統的な論文誌に多い.情処論はこのスタイル)

    論文誌名の省略記法

    英文論文誌名を省略する場合ではその方法はほぼ一定している.下の表は学問分野に拘らず学界全体でコンセンサスが形成されているのでこれに従う.






    基本的単語の省略ルール:
    単語 省略記法参考事項
    Journal J. (主として学会の基幹論文誌)
    TransactionsTrans. (主として学会等の専門論文誌)
    ProceedingsProc. (主として国際会議論文集)
    AnnalsAnn. (紀要,報告書)
    BulletinBull. (紀要,彙報)
    AnnualAnnu. (年鑑,年刊の)
    ConferenceConf. (会議)
    CongressCong. (会議)
    InternationalInt'l
    SocietySoc.(学会,IEEE等の部会)
    英文論文誌名の省略実例:

    • Trans. on PAMI
          (IEEE Transactions on Pattern Analysis and Machine Intelligence)
    • Trans. on IP
          (IEEE Transactions on Image Processing)
    • Trans. on TVCG
          (IEEE Transactions on Visualization and Computer Graphics
    • J. IPS. Japan
          (Journal of Information Processing Society, Japan; 情報処理学会論文誌)
    • Proc. of Int'l Conf. on XXX
          (Proceedings of International Conference on XXX)
    和文論文誌名の省略実例:
    • 信学論D-II
          (電子情報通信学会論文誌D-II分冊)
    • 情処論
          (情報処理学会論文誌)
    • 画電学誌
          (画像電子学会誌)
    • IT Letters
          (情報科学技術レターズ; 情報技術フォーラム講演論文集査読セッション)
    • 信学技報
          (電子情報通信学会技術報告)
    • 情処研報
          (情報処理学会研究報告)
    • 信学全大
          (電子情報通信学会全国大会講演論文集)
    • 情処全大
          (情報処理学会全国大会講演論文集)
    • FIT
          (情報技術フォーラム講演論文集)

    引用符

     論文タイトルの引用符 “・・・” の向きに注意せよ.殆どの場合,論文は LaTeX で書くだろうが,その向きが逆では見苦しい.この文書自体は半角の html で書かれているため,"・・・" を使用しているが, LaTeX では,``・・・'' と書かなくてはならない(``・・・" は不可).それによって,美しい ・・・ が生成される(本当は全角ではない). ・・・ とする人間に美的センスがあるとは疑わしい.
    • × \bibitem{okada} M. Okada: "Introduction to the C language", Kindaikagakusha Publ. Co. (2004).
    • × \bibitem{okada} M. Okada: ``Introduction to the C language", Kindaikagakusha Publ. Co. (2004).
    • ○ \bibitem{okada} M. Okada: ``Introduction to the C language'', Kindaikagakusha Publ. Co. (2004).
    また,英文論文では,引用符とカンマの位置関係に注意せよ.
    • “・・・,” Trans. ・・・ のように American English ではカンマは引用の中
    • “・・・”, Trans. ・・・ のように Queens English ではカンマは引用の外
    であり,ピリオドについても同様である.筆者は Queens English 方式の方が論理的であると思っているが,個人の趣味もある. 本文読者は日本人であろうが,アメリカ人,イギリス人は国民性もあり,一概に決めつけることはできない.しかし,雑誌論文等では論文誌編集委員会の方針がある場合にはそれに従う. ただし,これは内容というよりは editorial な問題として,原著論文では,「印刷屋」が勝手に修正することが多い.もちろん,camera ready で投稿する論文では自分で注意する必要がある.
    4.3 参考文献にできるもの

    参考文献にできるもの

    引用するかしないか

    書籍などの体裁が整っていても,例えばあるアルゴリズムの実装に C を使用したからといって, Cの勉強に用いた K&R を引用する必要はない.その理由は,その論文の本質が C を使用したことではなく,C で実装したアルゴリズムにあるであろうからである.あるいは,Pascal で実装しても,同じ結果となったはずである,と考えても良い.逆に,もし K&R C を改良したとか,C そのものを研究対象としている場合は K&R を引用する必要があろう.

    引用対象の選定

    研究にあたって「実際に参考にした」ものでも,論文で参考文献として引用,リストできるものとできないものがある.参考文献とすることができる対象は原則として「公刊されたもの」であり,正規の手続き (購入,図書館での閲覧など) を経れば誰でもアクセスできるもの,ということができよう.

    問題なく引用可能

    書籍,雑誌が学術論文での引用対象の原則である.ただし,書籍・雑誌にもピンキリがあり,自家出版やグループ内の雑誌のようなものまで含めてよいか迷うだろう.
    • ISBN (International Standard Bibliographic Number) 国際標準図書番号
    • ISSN (International Standard Serial Number) 国際標準逐次刊行物番号
    が付与されている書籍 (ISBN) または雑誌 (ISSN)と考えれば確実である.

    可能性のある対象

    また,ISBN, ISSN が付与されていなくても,参考文献として引用できる可能性があるものに以下があるが,あくまでも可能性であり,できるだけ避けよう.
    • ISSNまたはISBNが付与されていない学術雑誌
      原著論文の媒体として問題があるが,有名論文誌でも稀に存在する.
    • 学会予稿集
      1, 2ページのものであり,テンポラリな報告媒体である.
    • 学位論文
      修士論文,卒業論文はアクセス困難なものが多いため,避けること.博士論文も好ましくはない.
    • Web サイト
      可能な限り避けること.別項参照.
    • 私信
      誰でもアクセスできる私信なんてあるのか.
    もし文献検索をしていて学会予稿集が見つかったら,それを引用する前にその研究を発展させたであろう原著論文を探そう.また,国際会議でも同様で,それを引用する前にその研究を掲載した原著論文を探そう.学位論文,特に博士論文の場合はもととなる要素研究が原著論文となっていることが多いのでそれを探すこと.普通は学位論文にはそれが明記されている.

    未掲載の論文等

    どうもフライングする人が多いが,原則として禁止である.これが問題となるのは主として同一著者あるいは同一グループの論文であろう.まだ掲載されていない先行する論文 (被引用論文) を今から書こうとしている論文 (引用側論文) に参考文献として引用したいと思うことがあるだろう.このとき,被引用論文の状態により次のように対応するべきである.
    1. 掲載・発行済み:
        問題なく引用可能である.
    2. 採録済みだが未掲載・印刷中:
        引用は極力避ける.引用側論文が学位論文などの場合は仕方ない.
    3. 条件付採録:
        引用は絶対禁止.条件付採録は採録ではない! (Coffee Break: 査読とは 参照)
    4. 投稿後で査読中:
        引用は絶対禁止.
    5. 投稿準備中:
        問題外.
    実は,本文筆者自身も自分の博士学位論文には未掲載の採録済論文を引用しているが課程博士の場合はタイムリミット,あるいは掲載時期と学位請求にタイムラグがあるので必要なのである.一方,信じられないようだが (3), (4), (5) の状態にある論文の引用や二次利用は分野によっては存在する.その分野の査読体制,学術に対する常識を疑う.博士学位のための雑誌論文でも採録決定済は良しとしても投稿中はカウントに含めないであろう.学会というより分野であるが,研究グループで常態化していることもある (W大学某I先生!恥ずかしいからやめようよ!).これを許す指導教官の指導は早いうちに辞退した方が身のためである.

    身内の論文の引用

    私はある程度は仕方ないという立場だが,論文誌によってはこれを極度に嫌うので注意したい.自分の論文を引用する場合でも,著者を隠蔽することをルールとする論文誌の場合は当然,第三人称で引用する必要がある.
    進行中の研究は世界のどこかで似たようなことをしているものである.そのような「拮抗状態」下で手前味噌的に参考文献欄にその引用側論文の著者あるいは同一グループの論文のみが並ぶのは傍から見ていて感心できるものではない.しかし,連作的な研究とか,その大テーマでは独走態勢にあるような研究では仕方ないと思う.もちろん,参考文献の全てが身内の論文のみであった,などという事態は言語道断である.実際,本文著者も,CGの分野で仮想彫刻から仮想版画に至るシリーズ的研究を展開しているが,世界的に独走態勢,他者の追随を許さない状態であるために自らの論文を並べざるを得なかった (下記リスト.他に日本語論文も数本ある).もちろん身内の論文のみではなく関連論文はきちんと引用した.
    1. Y-T. Chen, X. Han, M. Okada and Y. Chen: "Integrative 3D Modelling of Complex Carving Surface", Computer-Aided Design (Elsevier), Vol. 40, Issue 1, pp. 123-132 (Jan., 2008)
    2. D. Tasaki, M. Katou, S. Mizuno and M. Okada: "Physical Model to Achieve Virtual Mezzotint", IPSJ Journal, Vol. 48, No. 5, pp. 2012-2022 (May 2007)
    3. S. Mizuno, D. Kobayashi, M. Okada, J. Toriwaki and S. Yamamoto: "Creating a Virtual Wooden Sculpture and a Woodblock Print with a Pressure Sensitive Pen and a Tablet", FORMA - J. of Society for Science on Form, Vol. 21, No. 1, pp. 49-65 (2006)
    4. D. Tasaki, S. Mizuno and M. Okada: "Virtual Drypoint by a Model-driven Strategy", Computer Graphics Forum: J. of the European Association for Computer Graphics, Vol. 23, No. 3, pp. 431-440 (Aug. 2004)
    5. S. Mizuno, M. Okada, S. Yamamoto and J. Toriwaki: "Japanese Traditional Printing 'Ukiyo-e' in a Virtual Space", FORMA, Vol. 16, No. 3, pp. 233-239 (Dec. 2001)
    6. S. Mizuno, A. Kasaura, T. Okouchi, S. Yamamoto, M. Okada and J. Toriwaki: "Automatic Generation of Virtual Woodblocks and Multicolor Woodblock Printing", Computer Graphics Forum: J. of the European Association for Computer Graphics, Vol. 19, No. 3, pp. C51-C58, C521 (Aug. 2000)
    7. S. Mizuno, M. Okada and J. Toriwaki: "Virtual Sculpting and Virtual Woodblock Printing as a Tool for Enjoying Creation of 3D Shapes", FORMA, Vol. 15, No. 1, pp. 29-39 (May 2000)
    8. S. Mizuno, M. Okada and J. Toriwaki: "An Interactive Designing System with Virtual Sculpting and Virtual Woodcut Printing", Computer Graphics Forum: J. of the European Association for Computer Graphics, Vol. 18, No. 3, pp. 183-193,409 (Sept. 1999)
    9. S. Mizuno, M. Okada and J. Toriwaki: "Virtual Sculpting and Virtual Woodcut Printing", Visual Computer: Int'l J. of Computer Graphics, Vol. 14, No. 2, pp. 39-51 (1998-6)

    Web サイトの引用

    一般論

    参考文献としてWebサイトを引用することが多くなってきたように思う.しかし,アクセッシブルな文献を引用するという原則を考えると, Webサイトの引用は避けなくてはならない. Webなんて誰でも見れるのになぜ?という疑問は簡単に覆すことができる.
    「URLで示されたWebサイトが常に一義的に閲覧可能ではない!」

    • URLは変更される可能性がある.
    • 内容も変更される可能性がある.
    • そのサイトが閉鎖される可能性がある.
    • ページという概念が希薄である.
    • 文責が明らかでない.
    ということが主たる理由である. ISBN/ISSN が付与された書籍は,然るべき図書館に行き,然るべき手続きを経ればアクセス可能である.インターネットの普及に伴い,検索サイトで検索してそのままWebページを参考文献として引用する,ということが簡単にできる御時世である.しかし,そのサイトの内容が書籍になっていないか,論文になっていないか,などを入念にチェックすることは著者の義務なのである.参考文献とするに足りる多くのWebサイトの内容は,書籍と雑誌で事足りる!! あらゆる努力を費やして,それでもWebしか無い場合のみ参考文献として引用することが許される,と思われたい.

    問題なく引用可能

    電子出版などで,Web経由でアクセスする論文誌 (芸術科学会論文誌など) もあるが,この場合はURLではなく,通常通りに引用しても全く問題ない.これは,紙媒体でなくても不変・普遍の論文誌として,発行後の改編が行われない,という紳士協定があるためである.
    例)
    1. 前野輝, 岡田稔, 鳥脇純一郎: ``直観的自由曲面変形方式に基づく会話型モデリングシステムの構成法'', 芸術科学会論文誌, Vol. 3, No. 2, pp. 168-177 (2004-6)
    このように電子出版のスタイルをとる論文誌は増えてきた.

    Wikipediaの利用

    Wikipedia,これほど威力のある,というか便利なものはない,ということは本文筆者も認める.しかし,実は Wikipedia にはその内容の信憑性の担保が甚だ欠如しており,その引用には問題が山積されている.
    • 誰でも匿名で編集できる.文責の所在がない.
    • 誰もその内容に責任を持っていない.Wikipedia 自身もその記事の編集者も.
    • 改変が可能である.それが悪意のあるものでさえ.
    • 記事内容が普遍ではありえない.著者か引用した際と同一の記事を読者が閲覧できる保証がない.
    • Wikipedia のシステムの編集方針第一義が形式的な継承主義であり,事実・真実を伝えることではない.
    ということがその主たる理由である.






    Wikipedia の記事を根拠に論旨展開することは禁止する
    通常の文脈では Wikipedia を参考文献として引用することはありえない.「通常の文脈」とは,Wikipedia そのものを研究対象としたりする場合 (社会科学系ではありそう) などは通常ではない,ということである.ここでは Wikipedia を例として挙げたが,類似サイトでも同様である.

    研究遂行上、Wikipedia の「利用」を禁止する,と言っているのではない.上で述べたように利便性は本文筆者も認めている.例えば,まずは調査の入り口として Wikipedia を利用し,そこからアイディアを練る,参考文献とするのに相応しいソースを探す,といった利用方法であれば全く問題ない.
    学生の講義レポートで Wikipedia の文章を丸写ししたものを経験したことがあるが,もちろん失格とした.私のところに Wikipedia を参考文献としてあげた論文が査読に回ってきたら容赦なく不採録にするだろう!
    第 5 章 図・表・アルゴリズムなど
    「百聞は一見に如かず」という諺は,学術論文にも通じるものがある.わたし自身は工学系であるが,理学部の純粋数学系の論文を見たとき,「なんだ、これは...」と思った.本当の理論屋さんは図を書かないのだ.幾何学の分野でも,数式で全てを表現しようとしている. 彼らは数式(定式化)によって,定義と公理からのスキの無い演繹体制で理論体系を築き上げることが目的なのであるから,真の意味での正確さ・厳格さには図は邪魔なのかもしれないし,当然と言わざるを得ない(間違っていたらご指摘下さい). しかし,特に工学系、応用系の学術はそれだけでは不足であり、読みやすく、解りやすい、という問題は極めて重要なものだと筆者は思う.筆者も「定義と公理からのスキの無い演繹体制で理論体系を築き上げる」論文を一度書いたことがある.図は使ったが...(反省...!?).
    事実,「1辺が長さ1cm の正方形のひとつの辺上に1辺の長さが0.5cmの正三角形の中心があり、正三角形のひとつの辺が正方形のその辺のとなりの辺と平行な図形」なんて書くより,図をひとつ書いた方が相手に伝わるのである.ただし、元の文章が不要なのではない.厳密さの程度の差はあるが,純粋数学以外の応用・工学系でも定義と公理からの演繹体系はやはり論文の必須の骨格なのである.定義は図ではできない.論文の本文として記述してはじめて定義である.図はその読者の理解を助けるものでなくてはならない.
    本章ではこのような観点から,学術論文での本文以外の図をはじめとした構成要素の書き方についてまとめる.
    5.1 アルゴリズムの表現

    アルゴリズムの表現

    いきなり...

    いきなり実例で申し訳ない.筆者が学生時代から気になっていたこと...
    次に記したものはよく引き合いに出される閏年の判定基準を記したものである.言うまでもないが,これは天文学的な一年 (地球の自転軸と太陽の位置関係が同じになるという) が,約365.24218987日であることからカレンダーを時々修正する基準である.
    グレゴリオ暦による閏年の判定方法:
    1. 西暦年が 4 で割り切れる年は閏年
    2. ただし,西暦年が 100 で割り切れる年は平年
    3. ただし,西暦年が 400 で割り切れる年は閏年


    さて,この表記を見て気になったのは私だけだろうか...ここで西暦年を y としよう.
    • y=2010 だったら,1, 2, 3 どれにも合致しないので平年でも閏年ではない (??)
    • y=2012 だったら,1 のみに合致するので閏年
    • y=2100 だったら,1 にも 2 にも合致するので結局,平年なの? 閏年なの (??)
    • y=2000 だったら,1 にも 2 にも 3 にも合致するので結局,平年なの? 閏年なの (??)
    そんなの「臍曲りだよ」? ま,そうかも知れない.では,条件 2 と 3 の順序が入れ替わっていたら? 「ただし」ってどういう意味?
    何が言いたいのか,というと...
    この判定基準では 1, 2, 3 の順に条件を評価し,どこかで条件が合致してもそこで確定できず,最後まで条件と照らし合わせて,最後の適合条件が適用される,ということ.さらに,どの条件にも合致しなかったら平年である,ということ,が暗黙の前提となっているのである.果たしてこのような暗黙の了解は普遍性があるのだろうか?
    私は「否」である.これとは逆に上から順に条件を評価し,条件が合致したところで状態が確定する,という判定記述はいくらでもみられる.また,列挙された各条件に順序的依存関係がない記述法も多く見られる.さらにはこれらが混淆したものすらある.「ただし」ほど紛らわしい表現はないと思う.さらに,「番号」があるから,というのもそれによって読者が順に評価すると理解する保証にはならないのである.
    余談ではあるが,プログラミングに向く人と向かない人がいること, (特定の簡易言語での)プログラミングが一応できる自称プログラマでも,構造化とか宣言型・関数型・論理型とかになるといきなり挫折する人がいるのはこのあたり (思い込み and/or 押し付け) に根源があるのかもしれない.
    もちろん,
    • y=2010 だったら,1, 2, 3 どれにも合致しないので平年
    • y=2012 だったら,1 に合致するが,2, 3 に合致しないので平年
    • y=2100 だったら,1 と 2にも合致するが 3 には合致しないので平年
    • y=2000 だったら,1 に合致するが,2にも合致し,3にも合致するから結局閏年
    というのが正しい判定である.ちなみに条件 3 の判定をサボった,あるいは上記のようにルール解釈を勘違いしたのが y2k, 2000年問題の発端である.
    ここで示したことは,処理手順,アルゴリズムを「文章」で表現する際の非常に大きな問題点なのである.情報科学系の論文であれば,処理手順やアルゴリズムは Pascal で書いてしまえ,という最終兵器があるが,他の分野ではままならないであろう.読者に行間を読ませず,憶測させずに正しい理解がされるような記述が必要なのである.

    文章の有用性と脆弱性

    定式化

    数式の利用

    アルゴリズム表現言語

    第 6 章 日本語文法上の問題

    適当に喋っていてもなんとなく理解できる音声による会話に比較して,自分の考えていることを文字で相手に伝える,ということは難しい.会話は判らなかったことを聞き返すチャンスがあるのに対して文字情報,特に論文は聞き返すチャンスが無い.双方向ではなく、一方通行の媒体なのである。従って,論文ではそこに書かれている文字の羅列による情報が全てであり,一文字単位でその「存在価値」「存在意義」を考えることが重要である.
    言われ尽くされたことであるが,「女子高校生・コギャル」のみならず最近の日本語はかなり崩れている.「てにをは」や助詞はその代表である.「私はその論文を書いた」と「私がその論文を書いた」は同じ意味ではない.英語でも「This is a pen.」と「This is the pen.」は意味が同じ、あるいは後者が間違っているのではなく,言い手の気持ちがきちんと込められている.
    君たちが書こうとしているのは自然科学の学術論文である.重要なのは,正確さと読みやすさであって,文芸的技巧・文学的格調性は全く不要である.ここでいう正確さとは,工学的内容の正確さはもちろんのこと,日本語としての文法の正確さも重要である.本章ではさまざまな切り口、特に日本語の文法的立場から科学技術論文を書く際の「日本語の問題」を取り上げる.

    6.1 基本の文体

    日本語の文体には,文末の述語となる助動詞に応じて,

    • でございます調 (特別敬体; 謙遜体)
    • でいらっしゃいます調 (特別敬体; 尊敬体)
    • です-ます調 (敬体)
    • である調 (常体)
    • だ調 (常体)
    • であります調
    • ござる調
    などがある.
     「候 (そうろう)」に代表される日本語古文に対して,明治後期の言文一致運動により様々な文体が創作された.現代口語文では,です-ます調は「敬体」,である調は「常体」と分類される.具体的には,それぞれ次のように文が終了する.

    です-ます調 (敬体) (c.f. 山田美妙)



  • 名詞(句) +「です/ではありません」





  • 例) A は B です/ではありません.きれいです/ではありません.



  • 動詞・助動詞の連用形 +「ます/ません」





  • 例) 書きます.代入します.



  • 動詞・助動詞の連用形 +「なさい」





  • 例) 書きなさい.代入しなさい.



  • 動詞・助動詞の連体形 + 準体言「の」+「です」





  • 例) 書くのです.代入するのです.



  • 形容詞の連体形 + 準体言「の」+「です」





  • 例) 早いのです.


    である調 (常体) (c.f. 尾崎紅葉)



  • 名詞(句) + 「である/でない」





  • 例) A は B である/でない.きれいである/でない.



  • 動詞・助動詞の終止形





  • 例) 書く.代入する.



  • 動詞・助動詞の未然形+「ない」





  • 例) 書かない.代入しない.



  • 動詞・助動詞の命令形





  • 例) 書け.代入せよ.



  • 形容詞の終止形





  • 例) 早い.


    だ調 (常体) (c.f. 二葉亭四迷)



  • 名詞(句) + 「だ/でない」





  • 例) A は B だ/でない.きれいだ/でない.



  • 動詞・助動詞の終止形





  • 例) 書く.代入する.



  • 動詞・助動詞の未然形+「ない」





  • 例) 書かない.代入しない.



  • 動詞・助動詞の命令形





  • 例) 書け.代入せよ.



  • 形容詞の終止形





  • 例) 早い.


    (なお,本文筆者は日本語文法において形容動詞の存在を否定する)
    さて,みなさんは以下のどれが論文として相応しいと思うだろうか?
    この代数系 (R, +, ×) では補題1, 2, 3により加法結合律,乗法結合律,加法交換律が成り立つ.また,補題 4, 5 により加法零元と加法逆元が存在する.さらに補題 6 により分配律が成り立つのでこの代数系は環である.


    この代数系 (R, +, ×) では補題1, 2, 3 により加法結合律,乗法結合律,加法交換律が成り立ちます.また,補題 4, 5 加法零元と加法逆元が存在します.さらに補題 6により分配律が成り立ちますのでこの代数系は環です.


    この代数系 (R, +, ×) では補題1, 2, 3 により加法結合律,乗法結合律,加法交換律が成り立つ.また,補題 4, 5 加法零元と加法逆元が存在する.さらに補題 6 により分配律が成り立つのでこの代数系は環だ.


    この代数系 (R, +, ×) では補題1, 2, 3により加法結合律,乗法結合律,加法交換律が成り立つのでございます.また,補題 4, 5 により加法零元と加法逆元が存在するのでございます.さらに補題 6 により分配律が成り立つのでございますのでこの代数系は環でございます.

    現代日本語口語文の常体である,「です-ます調」は親近感,あるいは優しい感じ,相手を敬う気持ち,などを読者に与える.著者として,読者を敬う気持ちは禁止されるものではないが,自然科学文書の表現手段として敬いや謙遜の気持ちを表すことは全く不要である.したがって,ゼミレポート,実験レポート等を含めて自然科学の文章,学術論文として相応しいのは「である調」である.



    なんど言っても「敬体 - です-ます調」で書く学生が後を絶たない.
    「だ調」も「である調」の一部であるが,「だ調」の使用もやめよう.

    <良くあるミス(敬体と常体の混在):
    • × ・・・・ですので,・・・・である. (文末以外にも注意せよ)
    • ○ ・・・・であるので,・・・・である.
    • × ・・・・だが,・・・・である. (文末以外にも注意せよ)
    • ○ ・・・・であるが,・・・・である.
    : この項とは直接関係ないが,本文筆者は氾濫する「形容詞の終止形 + です」は容認しがたい.これが国語審議会で決まった後の生まれなんだが...もし,「形容詞の終止形 + です」が許されるなら,「形容詞の終止形 + だ」も許されることとなってしまう.そうなると,
    • × 美味しいです. 美味しいだ. 美味しいである.
    • × 早いです.   早いだ.   早いである.
    なんていう言葉が可能となってしまう.(いや,方言にはありそうだ...) 本来は,形容詞連体形「美味しい」+準体言「の」+助動詞「です」,「美味しゅう/早う」+「ございます」のように使用されるべきである.
     どこかで「きれいだ.」は可能なのになぜ「美しいだ.」が不可なのか,と話題になっていたが,この問題は単純であり,「きれい」が,形容詞なのではなく,名詞+「だ」ということだけのことである.
    1. × このCPUは速いです.
    2. △ このCPUは速うございます. (文法的にはこれが正しいが論文には不向き)
    3. △ これは速いCPUです. (論文には不向き; 敬体はダメ)
    4. ○ これは速いCPUである. (これでよい; 常体)
    5. × これは速いCPUだ. (常体だけどダメ)
    6. ○ このCPUは速い. (形容詞の終止形止め,論文にはこれでもよい)
    二番目の例のように,「形容詞の連用形 + ございます」が日本語文法としては正しい.しかし,論文には(4), (6) を使用しよう. c.f.
    • ○ 美味しい.
    • ○ 早い.

    敬語の使用

    敬語は,尊敬語・謙譲語・丁重語・丁寧語等からなる.ここでは,敬語でない言葉を普通語ということにする.さて,敬体と敬語は同じ概念ではない.
    • 天皇陛下がメールを送信した.    (常体+普通語)
    • 天皇陛下がメールを送信しました.  (敬体+普通語)
    • 天皇陛下がメールを送信なさった.  (常体+尊敬語)
    • 天皇陛下がメールを送信なさいました.(敬体+尊敬語)
    • 天皇陛下がメールを送信された.   (常体+尊敬語)
    • 天皇陛下がメールを送信されました. (敬体+普通語)
    • 天皇陛下にメールを差し上げた.   (常体+謙譲語)
    • 天皇陛下にメールを差し上げました. (敬体+謙譲語)
    敬体・常体の違いは,主として書き手・読み手と読み手・聞き手の関係に起因するものであるのに対し,普通語・尊敬語・謙譲語の違いは,主として書き手・読み手と動作の主体との関係に起因するものである. wikipedia では敬体と敬語を混同しているが分けられるものであると筆者は思っている.
    また,例えば「天皇陛下がメールを送信された.」では,「された」が受身の表現なのか,尊敬語の表現なのかはその文のみでは確定できず多義性を持ち曖昧な文であるので避けなくてはならない.
    くどくど書いたが,大事なことは,学術論文では敬体も敬語も不要である,ということである.

    体言止め

    体言止めは,使用する場所を選べば非常に良い表現である.その利点は,
    • 簡潔性: 簡潔で書き手・読み手ともに間違いが僅少
    • 可読性: 余分な文字を排除することによる読みやすさ
    • 視覚効果: 見た目に単純でメリハリがあることも読者には重要
    といったところか(この箇条書きでも体言止めを使用していることに注意!).体言止めは文法上は名詞句・名詞節であり,単独の文章としての体裁を持たない.このため,列挙する要素としては使用可能であるが文章の集合としての本文等での使用には適さない.
    体言止めは,本文・アブストラクトで使用してはならない.
    本文ではないので,箇条書き等で体言止めの直後に句読点(.)は不要である.

    体言止めを使用して良い場所:
    • タイトル,章節項タイトル,項目列挙
      論文表題:
      GaAs素子による低NF増幅器の一構成法
      v.s.論文表題:
      GaAs素子によって低NF増幅器の一構成法を提案する
      第三章 実験と考察 v.s.第三章 実験と考察を述べる
    • 箇条書き
      さて,生物は次のように2種類に分類される.
      • 光合成を行う: 植物
      • 光合成を行わない: 動物
      移動するかどうかは珊瑚やミドリムシのような例があるのでその分類の本質ではない.
      v.s.さて,生物は次のように2種類に分類される.
      • 光合成を行う生物を植物という.
      • 光合成を行わない生物を動物という.
      移動するかどうかは珊瑚やミドリムシのような例があるのでその分類の本質ではない.
    • 図・表の中
    体言止めを使用していけない場所:
    • 本文 (箇条書き以外),アブストラクト
      最近の為替相場における外貨の暴落は甚だしい.特にUSドル,EUROなど.これらの通貨は日本円と同様,世界の機軸通貨であるので各中央銀行には安定した為替施策が望まれる. v.s.最近の為替相場における外貨の暴落は甚だしい. USドル,EUROなどがその典型例である.これらの通貨は日本円と同様,世界の機軸通貨であるので各中央銀行には安定した為替施策が望まれる.
    本文に体言止めがあると,小学校の校長先生のスピーチのように語尾がゴニョゴニョ...と同じで語尾が無いために何が言いたいのか自明ではない.このような文を先入観無しに読むと「特にUSドル,EUROなど.がどうしたんだ!」となるのである.それを暴落に繋げるのは自明ではなく著者からの読者への押しつけである. SVO型構文の英語と異なり,SOV型構文を持つ日本語では語尾の述語は大切な意義を持つのである.

    口語的表現を使わない

     ふだん口にしている言葉(口語表現)をそのまま文章にしてはいけない.論文としての格調,品位を著しく損なう.特に接続詞.かといって,文語体を使用する必要はない.

    接続詞・接続助詞

    • × だから
        → ○ 従って,すなわち
    • × なので
        → ○ であるので
    • × だけど
        → ○ であるが

    動詞・助動詞

    • × 使う.(ワ行五段活用動詞) e.g. 試料 A を使って...
        → ○ 用いる,使用する,利用する
    • × やる.(ラ行五段活用動詞) e.g. 実験をやった.
        → ○ 行った,実行した,遂行した (どれでも良い訳ではない)
    • × 決める.(マ行下一段活用動詞) e.g. 更新規則を決めた.
        → ○ 決定した,定めた,定義した (どれでも良い訳ではない)
    • × 撮った.(ラ行五段活用動詞) e.g. 画像を撮った.
        → ○ 撮影した,撮像した (どれでも良い訳ではない)
    • × 上がった/下がった.(ラ行五段活用動詞) e.g. 気温が上がった/下がった.
        → ○ 上昇した/下降・低下した
    • × 漏れた.(ラ行下一段活用動詞) e.g. 磁束が筐体外部に漏れた.
        → ○ 漏洩した

    副詞(形容動詞連用形)

    • × すごく
        → ○ 大変に,極めて,著しく

    形容詞・形容動詞

    • × いい
        → ○ よい (良い)
    • × でかい
        → ○ 大きい / 大きな
    • × ちっちゃい / ちっちゃな
        → ○ 小さい / 小さな
    • × いろいろな
        → ○ 様々な,種々の
    • × みたいな
        → ○ のような

    擬音語・擬態語

    使用しないこと.全く意味がない.
    • × むくむくと大きくなった.
    • × ウィーンと回転し始めた.

    名詞の勝手な動詞的用法

    • × 最小二乗法をした
        → ○ 最小二乗法で決定した


    6.2 基本的な表現

    日本語

    日本語は世界でも最も難しい文法を持つ言語のひとつと言われている.そのひとつの理由として,文字セットの問題がある.漢字・ひらがな・カタカナという文字セットの異様な多さは世界一だろう.しかし,言語としての難しさの最大要因としては英語等のインド・ヨーロッパ語族の多くが SVO 型構文を持つのに対して日本語が SOV 型構文を持つことである.それに加えて豊富なボキャブラリ自由度,例えば第一人称単数が“ I ”しかない英語に対して,日本語ではいくつあろうか.さらに前置詞型でなく後置詞である助詞の存在による格支配と語順の自由度が挙げられるだろう.
    ボキャブラリと語順の自由度が高いからこそ「行間」に情報が生まれ,正しく相手に情報伝達することが難しくなる.語順を変えることで変わらないはずの意味において,ニュアンスの違いが生まれる.表意文字と表音文字の混在によって様々な個性が生まれる.そう,日本語は難しい言語,というより,「日本語は極めて繊細な言語」ということが筆者の見解である.日本語の持つ「繊細さ」と技術論文に要求される「正確さ」は共存が容易ではない.
    余談だが,同じ内容の論文を日本語と英語で書く場合,日本語で8ページ程度のものなら英語では12~13ページになる,という感覚である.そう一文字あたりの情報量が英語よりも日本語の方が格段に大きいのである.
    しかしながら,最近の日本語の乱れは甚だしい.女子高生・コギャルのみならず,言葉のプロである,新聞記者が書いたはずの新聞のコラムでも,テレビ局のアナウンサにしても,そして本題である学術論文でも,である.「てにをは」という極基本的な事項でさえ,気にしない人が多くなってきたように思う.以下では科学技術論文を作成するための文法上の問題点を探る.

    日本語文法の簡単な復習

    現在の日本語口語文では橋本進吉による橋本文法が文部科学省によって基準とされており,学校文法とも呼ばれている.橋本文法は文を文節の集合と見なすことがその基本であり,本文筆者も一部 (形容動詞の扱いなど) を除いて橋本文法を基本的には支持する.
    余談だが,どうも本文筆者は言語表現というものに対してセンシティブな特性を持っているようである.もちろん工学部出身で工学博士の学位も戴いたバリバリ理系ではあるが,高校の国語教員からは進路決定時に「え?工学部なの?」と言われた変人である.プログラミング言語などで役には立っているし,論文を書くことを面倒とは思わないし,幸い論文の採択率は悪くないし...結果オーライだが...

    文体

    別項で論文の基本的な文体として「である調」(常体) の使用について述べた.常体にあっても,不適切な表現がある.

    終助詞・の

    • ○ 二次方程式の解はふたつある.
    • ○ 二次方程式の解はふたつである.
    • × 二次方程式の解はふたつある
    • × 二次方程式の解はふたつあるだ.
    • × 二次方程式の解はふたつあるである.
    • × 二次方程式の解はふたつあるです.
    ここで出現する「」は終助詞と呼ばれる.書き手の「強い意思意見」の表現に用いられ,ひいては,「意見の押しつけ」「確認・同意の強制」「命令」といった意味が込められることがある.
    注意:
    実は間違えやすいのが,「だ」「です」「である」類と「ので」の混同である.これらは異なるものであり,後者の使用は問題にならない.
    • のだ: 終助詞「」+ 助動詞「だ」
    • のです: 終助詞「」+ 助動詞「です」
    • のである: 終助詞「」+ 助動詞「である」
    • ので: 接続助詞「ので」: 原因・理由・根拠・動機を表す

    主語

    学術論文は,主観的では無く,客観的に書くべきである.もともとは著者の存在を論文から隠す,という意味があったと聞く.従って,おのずと主語は対象事物となることが多い.あるいは,能動態よりも受動態が好まれるのはこの理由による.
    • △ 我々は,・・・の結果,...を見い出した.
    • ○ ・・・の結果,...が見い出された.
    「我々(著者)」が見いだしたことは読者にとってはどうでもよく、それがすでに見い出されていることが重要なのである.
    しかし,どうしても自分を主語としたい場合もあるかも知れない.そのときは以下の事項に注意せよ.
    * 卒論・修論・博論は君たちが,一人,単名で書くものである.主語に気をつけよう.
    • × 我々は,....
    • × 筆者らは,....
    • ○ 本研究室では,...
    • ○ 筆者は,...
    • ○ 筆者の所属する研究室では,...
    * それに対して,学会関連の雑誌論文等は,教官等が共同研究者として連名で執筆するだろう.例え著者が一人であっても第一人称「私は」を使用してはならない.
    • × 私は,...
    • × 筆者は,...
    • ○ 筆者らは,....

    接続詞の乱用・誤用

    むやみな接続詞の乱用は,くどいし疲れる.自然な流れを作れば接続詞は不要であることも多い.ときには語順,文の順序の最適化により,接続詞は無い方が可読性が増すこともある.
    • × Aである.また,Bである.また,Cである.また,Dである.
    • △ Aである.また,Bである.さらに,Cである.それに加えて,Dである.
    • (同類の接続詞を連用しない工夫をせよ.)
    間違った接続詞は読む気を失せさせる.
    • × A=Bである.B=Cである.そしてA=Cである.
    • ○ A=Bである.B=Cである.ゆえにA=Cである.
    接続詞の正しい意味を認識して使用すること.
    • 順接: であるから,であるので,従って,ゆえに,しかるに,よって,(therefore)
    • 逆接: ところが,しかし,(however)
    • 並列: および,並びに,また,(and)
    • 選択: または,あるいは,(or, either)
    • 添加: さらに,その上,それに加えて,(in addition to)
    • 説明: つまり,すなわち,(that is)
    • 転換: ところで,さて,(by the way)
    • 対比: 一方,他方,(on the other hand)
    6.3 文法的な問題・間違い

    能動受動・動作の主と対象

    どうも日本語は能動態・受動態に関して脆いようである.いや,日本語がではなく日本人が能動・受動に関して脆弱なのかも知れない.ある動詞に注目したとき,動作の主は誰なのか,そして人間の目的語を伴うとき,それは誰なのか,ということをきちんと区別できるか・しているかという問題である.さらには単に能動態と受動態 (be + 過去分詞型) という問題ではなく,動作の主と対象と考えた方が的確かも知れない。
    まず英語で二つの動詞の例を見てみよう.
    問題: 次の英文を和訳せよ.
    • The dog bit me. / I bit the dog. (まずは小手調べ)
    • I am exciting. / He is exciting.
    • I am excited. / He is excited.
    • I excite you. / He excites me.
    正解はあえて書かない.これによっても日本人が能動態と受動態をはっきり区別していないことが伺える.正解した人には失礼! もちろんこの手の能動態・受動態の問題はアメリカ人・イギリス人等のEnglish Navive Speaker はキチンと区別している.
    次に日本語である.日本人が脆弱なのは動詞のみではないので述語として考える.
    • あの歌手は私のファンだ.  (平気で言いますね!)
    • これは私の写真だ.  (所有者が私? 写っているのが私?)
    • メールを送信したのはXさんである.  (AさんはBさんに送信した.ではXはどっち?)
         c.f. Aさんがメールを送信したのはXさんである.
         c.f. Bさんにメールを送信したのはXさんである.

    副詞の用法

    副詞「最も」の用法 (形容詞修飾用言の用法)

    日本語文法では副詞は用言 (形容詞類,動詞類) を修飾する品詞であるとされている.ただし全ての副詞が形容詞,動詞の全てを修飾可能なわけではない.特に「最も」は,形容詞(類)あるいは形容的語句を修飾する副詞である.
    次の用法は正しいか?
    • (?) ロケット A は最も上昇した.
      1. × ロケット A は最も上昇した.(この文の意味は自明ではない)
      2. → ◯ ロケット A は最も高く上昇した.(最高点/極大値が最も高かった)
      3. → ◯ ロケット A は最も早く上昇した.(上昇した時刻が最も早かった)
      4. → ◯ ロケット A は最も速く上昇した.(上昇速度が最も大きかった)
      5. → ◯ ロケット A は最も低く上昇した.(最高点/極大値が最も低かった: これも正しい文である)
      6. → △ ロケット A は最も遅く上昇した.(上昇した時刻が最も遅かった/上昇速度が最も遅かった: これも正しい文ではあるが,「遅い」のが時刻なのか速度なのかが曖昧なので不適)
      7. → ◯ ロケット A は最も優雅に上昇した.(などなど,いくらでも考えられる)
    この第1文は,「上昇」が「最も」なのではない.この場合の副詞「最も」は程度を表す形容詞(類)を修飾しなくてはならないが,この文には形容詞が存在しないので文法的に不完全な間違った文である.従って,第 2~ 文などの用例が考えられる.このことから,もし「最も」が動詞を形容するとしたら,その文の意味は自明ではないことに注意願いたい.
    あなたが読者あるいは聞き手で,「ロケット A は最も上昇した.」と言われた/聞いたら,「で,最もどんな風に上昇したんだよ(怒)!」と突っ込むのが正しいレスポンスなのである.
    別の例)
    • × 方式 A が最も普及した.
      → ◯ 方式 A が最も広く普及した.
      → ◯ 方式 A が最も狭く普及した.
      → ◯ 方式 A が最も多く普及した.
      → ◯ 方式 A が最も少なく普及した.
      → ◯ 方式 A が最も早く普及した.
      → ◯ 方式 A が最も速く普及した.
      → ◯ 方式 A が最も遅く普及した.
    ◯の例いずれも可能であり,「最も普及」の意味は自明でないことに注意されたい.
    このような副詞の誤用は最近とみに多くなってきた.この手の文法ミスは著名教授でも多いし,あの朝日新聞の記事でさえ,である.嘆かわしい.「最も」と殆ど同じ用法を持つ副詞としては,「極めて」「特に」「格段に」「一番」「より」などがあり,その単語が存在する文には「形容詞」またはなんらかの形容的意味を持つ名詞,形容詞句,副詞,副詞句がなければならない.
    1. × この現象が格段に発生した.
      → ◯ この現象が格段に頻繁に発生した.(など...)
    2. × この現象が極めて生じた.
      → ◯ この現象が極めて広範囲に生じた.(など...)
    3. × この方法が特に動作した.
      → ◯ この方法が特に低損失で動作した.(など...)
    4. × この方法がより用いられる.
      → ◯ この方法がより広範に用いられる.(など...)
    5. ◯ この方法は極めて効率的だ. (「効率的」は名詞だが,形容的意味を持つ)
    6. ◯ この方法は極めて非効率だ. (「非効率」は名詞だが,形容的意味を持つ)
    別項でも述べているが,日本語文法は中学校・高等学校で習うもの (学校文法,橋本文法) が絶対的ではなく,いくつもの文法が成立している.広辞苑では形容動詞の存在を否定しており,本文著者も同意見であり,学校文法における形容動詞は,「形容的意味を持つ名詞」+「だろ・だっ・で,に,だ,な,なら(,なれ)」である.ただし,本文では便宜的に形容動詞という品詞名を使用することがある.

    係り結び

    「ぞ・なむ・や・か/こそ」って覚えているだろうか.中学で習った筈の日本語古文の「係り助詞」であり,それによって用言の活用形が (連体形/已然形に) 支配される,というアレである.現代日本語でも,助詞ではないが係り結び的な表現がいくつかある.次の副詞はその典型であり,その副詞が係る述語が否定形であるべきものであるが,守られているだろうか.

    否定強調の副詞の用法


    副詞否定形
    肯定形
    あまり◯ 最近あまり研究していない
    × 最近あまり研究した
    全く◯ 伝送遅延は全くなかった
    × 伝送遅延は全くあった
    全然◯ 全然明らかでない
    × 全然明らかだ
    ただし,ここで述べた否定強調の副詞は学術論文では基本的に使用する必然性はないはずである.なお係り結びには例外的なものもあるが,下記のように否定形の述語が省略されていると考えると納得できる.しかし学術論文ではこのような省略形は使用してはいけない.
    • △ 全くその通りだ.
      全く(例外が無いほど)その通りだ.
    (to be written)

    活用の間違い

    今日,たまたま某文章を読んでいて,すごく気になった表現...
    • × すごい気になる.
    上記文章を形式的に品詞分解すると,
       すごい + 気 + に + なる
       形容詞 + 名詞 + 助詞 + 動詞
    となる. 「すごい(凄い)」は,「すご」を語幹とする形容詞の「連体形」あるいは「仮定形」である.この場合は連体形であり,体言「気」を修飾することとなる.もちろん,用言「なる」を就職したいのであれば,その連用形である「すごく」を使用しなくてはならない.もうお分かりであろう.恐らくは「すごく気になる」と言いたいのであろう.「気」の程度がすごい,のではなく,「気になる」の程度がすごいのである.
    ただし,「凄い気」という気功の気があってそれが凄くて,それになる(become)のならば文法的に正しい.

    品詞用法の間違い

    語幹の形容詞・形容動詞化

    最近気になる言葉がある.文法的には間違っているとは断定できないのだが,非常に大きな違和感がある.
    • ◯ 非常に (副詞)
      → ×? 非常な (形容動詞?)
      「非常」って形容動詞として使用していいのだろうか??気持ちは判らんでもないが.

    副助詞「は」の用法

    「てにをは」とか「はがのをに」とかいわれるように,助詞の存在は日本語の特徴のひとつである.助詞の存在により語順に自由度が生まれ,また行間が生まれる.しかし,別項でも書いているように学術論文に行間は不要であり,あってはならない.
    さて,勘違いしている方も多いのだが「は」は副助詞あるいは係助詞に分類される.そう,「格助詞ではない」のである.このことからか,現代口語では副助詞「は」は相当の混乱を来している.

    あいまいな文

    1. 「俺の名前太郎だ.」
    2. 「俺コーヒーだな.君?」
    3. 「このケーキ俺が食べる.そっちの君ね.」
    4. 「日本食料自給率が低く輸入に頼っている.」
    (1)の「は」は「俺の名前」が主格であることを表しており,格助詞的な用法だが格助詞ではない.それに対して(2)の「は」は主格を表しているのではなく,ドメイン(話題の範囲)を表しているのである.(3), (4) については考えてみよう.このように副助詞「」は様々な用法があり,論文執筆時には気をつけないと読者に混乱・誤解を与えることがある.上の (4) はどうだろうか.すごく読みにくいと感じなかっただろうか.
    このような副助詞「は」を含めた助詞用法の混乱は学術論文でも非常に多く,論文趣旨を損なっているのである.
    • × 日本食料自給率が低く輸入に頼っている.
    • → ○ 日本では食料自給率が低く,輸入に頼っている.
    どうだろう.読みやすく感じないだろうか?
    (to be written)

    主・述の対応

    文章は,主語と述語という重要な要素を持っている.この対応,すなわち主・述の対応は非常に重要であり,これが間違っている文は,(音として)聞いている分にはあまり気にならなくても,文字として読むと極めて見苦しい.その見分け方は,主語と述語以外の要素を外すと明確になる.

    例) 主題を表す副助詞「」の用法
    • × 本研究,XXX を目的として YYY を行う.
      この文の主語は「本研究」,述語は「行う」である. 「本研究が行う」のか??
    • ◯ 本研究では,XXX を目的として YYY を行う.
      この文には主語がないように見えるが,実は省略された「著者(ら)」である.
    (to be written)

    意味不明の「~すぎる」

    「すぎる」という言葉は,[形容詞の連用形] +「すぎる」と[動詞の連用形] +「すぎる」という形で使用される.
    • ◯ このトマトは赤すぎる.(形容詞連用)
    • ◯ あそこの道を行きすぎてしまった.(動詞連用)
    形容詞は問題ないのだが,動詞で最近気になる副詞を伴う使用例がある.
    • (??) ゆっくり歩きすぎたので約束の時間に遅れた.
    • (??) ネジを弱く締めすぎたので緩んでしまった.
    いったいどういう意味だろうか? もちろん,正しい言い方は
    • ◯ 歩くのがゆっくりすぎたので約束の時間に遅れた.
    • ◯ ネジを締めるのが弱すぎたので緩んでしまった.
    である.歩きすぎたのではなく,ゆっくりすぎたのであるし,締めすぎたのではなく,弱すぎたのである.
    他の例)
    • × この試薬を急に入れすぎたので反応が過剰になった.
       → ◯ この試薬を入れるのが急すぎたので反応が過剰になった.
    • × ハンドルを速く切りすぎたのでテールがドリフトした.
       → ◯ ハンドルを切るのが速すぎたのでテールがドリフトした.
    いろいろな場合を想定してみたのだが,[動詞の連用形] +「すぎる」にはその動詞を修飾する意図では副詞を伴ってはいけないのではないだろうか...
    嗚呼,美しい日本語がだんだん崩れて行く...

    名詞の連接

    名詞を連続して書くことがあるが,「意図する連接」と「意図しない連接」がある.
    意図する連接の例)
    • (to be written)
    このような連接は意味があり,ほとんどの場合問題は生じない
    意図しない連接の例)
    • × ほとんどの場合問題は生じない.
        (「ほとんどの場合」を副詞として使用する意図がある筈だが,「場合問題」という名詞と取られても文句は言えない.)
        → ◯ ほとんどの場合では問題は生じない.
    • × 通称ボスの頭痛薬と呼ばれている...
        (「通称」を副詞として使用する意図がある筈だが,「通称ボス」という名詞と取られても文句は言えない.)
        → ◯ 通称,ボスの頭痛薬と呼ばれている...
        → × ボスの頭痛薬と通称,呼ばれている...(なぜ×か分かるかな?)
    • × 最近社会の至る所で...
        (「最近」を副詞として使用する意図がある筈だが,「最近社会」という名詞と取られても文句は言えない.)
    これらはついつい書いてしまう例であるが,読み手の立場では読みにくく,読んだ後「あれ?」と引っ掛かる文章となる.このような問題は連接される名詞が漢字の場合に顕著であり,熟語のように知覚 (読解ではなく知覚) されるためである.
    6.4 文法的な問題各論

    文法構造の不適

    よく引き合いに出される典型例:
    10年後には地球は宇宙人に破壊されてない。
    もちろん,
    • 10年後には地球は宇宙人に破壊されてはいない。
    • 10年後には地球は宇宙人に破壊されて存在しない。
    の二通りの解釈ができる.ここまで典型的なものは論文ではないだろう,とたかを括ってはいけない.十分にありうるのである.

    前置詞

    日本人は英語の前置詞 (at, on, off, in, out, above, etc.) に弱い.まだ私も完全ではないが... 英語の,と書いたが,これは日本語にも通じるようである.もちろん日本語には「前置詞」という品詞はないが,それに相当するものとして助詞・副助詞等がある.この間違いは結構多いように思う.
    • × 4月から入学した.
        →◯ 4月に大学に入学した.(入学という動詞は継続性はないから「から」はおかしい)

    二重の「する」

    法律の条文にもあるので文法的間違い,というと司法試験を突破したエリート様が気を悪くするだろうから文法的間違いとは(ここでは)言わないが、かなり文法的問題のある表現として二重の「する」がある.
    • …して,…する.
    • …し,…する.
    • …して,…し,…….
    といった構文である.実態としてはサ変動詞に限定しない.
    例)
    • (1) フラスコに試液を 100cc 入れて,5秒間煮沸する.
    • (2) 試験紙を浸して,pH を測定する.
    (1) と (2) は同じ文法構造を持つ文である. (1) のような記述が会った場合,「フラスコに試液を 100cc 入れる」という行為と、「5秒間煮沸する」という行為は別の行為であって,それらが順番に実行された,と理解することは合理的である.
    では (2) はどうか. (2) のような記述があった場合,善意の解釈をすれば「試験紙を浸す」という行為と「pH を測定する」という行為は同じ行為であると理解できよう.しかし,本サイトの重要キーワードの一つである「行間」ということを意識し,先入観無しに読んだ場合はそれらが別の行為であって順番に実行された,という印象を持たないだろうか.すると,「試験紙を浸す」は理解できるが,pH はどうやって測定するの?という疑問が湧く. 行間を読ませない,という大原則に則ると「そんなこと当たり前だろ! 」は利かないのである.
    そう,やはり(2) の場合は文法的な問題が見え隠れする.この場合は,
    • (2) 試験紙を浸すことによって,pH を測定する.
    とすれば問題はない.
    一見,ささいなことと感じるかも知れないが,このような問題が塵も積もって論文を読みにくくし,解りにくくし,そして査読にも通らない論文を作ってしまうのである.

    二重の否定

    論理的に矛盾がなくても,否定が二重に使われると読み手としては非常に難解となる.

    さらに不用意に二重の否定を使うと多義性の根源となることがある.
    第 7 章 言葉の表現上の問題
    適当に喋っていてもなんとなく理解できる音声による会話と比較して,自分の考えていることを文字で相手に伝える,ということは難しい.会話は判らなかったことを聞き返すチャンスがあるのに対して文字情報,特に論文は聞き返すチャンスが無い.双方向ではなく、一方通行の媒体なのである。従って,論文ではそこに書かれている文字の羅列による情報が全てであり,一文字単位でその「存在価値」「存在意義」を考えることが重要である.
    言われ尽くされたことであるが,「女子高校生・コギャル」のみならず最近の日本語はかなり崩れている.「てにをは」や助詞はその代表である.「私はその論文を書いた」と「私がその論文を書いた」は同じ意味ではない.英語でも「This is a pen.」と「This is the pen.」は意味が同じ,あるいは後者が文法的に間違っているのではなく,言い手の気持ちがきちんと込められている.
    君たちが書こうとしているのは自然科学の学術論文である.重要なのは,正確さと読みやすさであって,文芸的技巧・文学的格調性は全く不要である.ここでいう正確さとは,論文本旨としての学術的内容の正確さはもちろんのこと,日本語としての文法の正確さも重要である.本章ではさまざまな切り口から科学技術論文を書く際の「日本語の文章あるいは単語等の言葉による表現上の問題」を取り上げる.
    7.1 言葉の問題・間違い

    言葉の問題・間違い

    脳内辞書が間違っているのなら,すぐに直そう.どちらでもいいではないか,と思っているのなら,自然科学には向いていないかも,と考えてみることをお勧めする.お使いのコンピュータの漢字変換辞書の問題であれば,きちんと学習させる,そしてちゃんと画面を見ること,推敲すること.若造に言われたから腹が立つ,というのなら...(省略).
    「みんなで渡れば恐くない」式の確信犯的,慣用的間違いは最悪であるし,無知で使用するのも極めて恥ずかしい. (確信犯の意味が正確には違うのは知っていますからね) 聞かぬはなんとか,知らぬはなんとか,そのためにこのサイトを見ているのですよね!

    漢字の間違い,送り仮名の間違い

    多くの漢字変換システムの辞書で,第一位で以下のようになる. (電子情報通信学会ネタでごめんなさい)
    • × 信学技法
      → ○ 信学技報   (もちろん,もともとは電子情報通信学告です)
    • × ハードディスク内臓, 内臓メモリ   (もちろん変換ミスなんだろうが...)  (Cofee Break)
      → ○ ハードディスク内蔵, 内蔵メモリ
    このような単純な変換ミスはさておき,簡単には済まされない問題を潜在的に持っているものを以下にリストする.
    • × 誤差逆伝搬,電波伝搬
      通信工学のエライ先生も使用しているのでタチが悪い. この間,書籍のタイトルになっているのを見つけてしまった.恥ずかしい...
      → ○ 誤差逆伝播,電波伝播
      (ちなみに電子情報通信学会には「アンテナ・伝播」研究会がある.命名者には敬意を表する...が,最近の発表タイトルが....)
    • × Mhz, KM...これ,すごく多い.ただし車のスピードメーターとかは間違いではない.
      → ○ MHz, km
    • × 主旨...これはもう脳内辞書が間違っている人が何と多いことか.
      → ○ 趣旨
    • × 必用...これも単なる変換ミスだと信じたいけど.
      → ○ 必要
    • × 博士後期過程
      → ○ 博士後期課程
      (脳内辞書間違ってないかい?)
    • × マルコフ課程
      → ○ マルコフ過程
      (同上,脳内辞書間違ってないかい?)
    • × シュミレーション
        説明する気なし.居直り・逆切れの定番ミス.まだ書籍のタイトルにはないようだ.シュミレーション工学なんていうのが出てきそうだが...検索してみると,住宅ローンとかゲーム関連が多い. (Cofee Break)
    • × ディスクトップコンピュータ
       さらに説明する気なし (Cofee Break)
    • ○/×/△ KB, kB
      キロバイトは,情報科学においては別の意味が有るのは御存じの通りである.
    • △ 線形 e.g. 線形代数学,線形変換,線形写像
      → ○ 線型 e.g. 線型代数学,線型変換,線型写像
      極めて遺憾ながら敢えて△にしたが,私の心の中は×である
      なぜなら,figure (形) が線なのではなく,type (型) が線なのだから.
      ちなみに中国語では"線性(線は異字体)"らしいがこれは納得. Wikipedia では「線型」に統一されていますね!

    この手のミスを指摘すると,居直る人がなんと多いことか.「言葉は進化/変化するものだ」「これまでもそうだったではないか」「シミュレーションだって正しい発音では無い」「みんなが書いているからデファクトスタンダードだ」とかなんとか...言い訳にしか聞こえない.みっともないことはやめよう! 間違いは間違いと認めて正しい文章を書くのが cool ではないだろうか.
    また,上でいくつかパソコンの変換ミスを指摘したがなかには変換辞書にあるものは正しく,無いものは間違っている,と指摘する人がいる.これは完全な間違いであり,変換辞書には正しいもののみが載っているのではなく,使用される可能性が高い候補が載っているだけである.

    同音類義語

    同音異義語は,前項で指摘した.ここでは学術論文でしばしば問題になるであろう同音類義語をまとめておく.

    へいこう

    へいこう意味使用例
    並行
    併行
    並んで進行すること。並行は主従なし・併行は主従ありか? (side by side, parallel)複数のプロセスを並行処理する
    平行同一平面にあり交わらない二直線の状態、同一空間にあり交わらない直線と平面・平面と平面 (parallel)この変換は平行移動である
    平衡これは同音異義語だろう

    ほしょう

    ほしょう意味使用例
    保証間違いないことに責任をもつ (guarantee, warranty)動作することを保証する
    保障保護して支障のないようにする (security)安全保障のために条約を締結する
    補償補って償う (compensation)周波数特性を補償するためにコンデンサを付加する

    はかる

    はかる対象備考
    計る数値,時間カウントするものといってよいか?
    測る長さ,面積,距離,速度2次元までの幾何学量といってよいか?
    量る重量,容積3次元以上の幾何学量といってよいか?
    図る
    諮る
    謀る
    これらは同音異義語
    なお,ここで示した計る・測る・量るよりも,"計測する"というサ変動詞が適切なことが多いことを覚えておこう.

    とくちょう

    とくちょう意味使用例
    特徴特有の性質,良い点とは限らないこの発電法の特徴は酸素と水素の化学反応に基づいていることである.
    (結果的にエコかも知れないが,この文には「良い」というニュアンスは含まれていない.)
    特長特有の良い性質,長所この発電法の特長は二酸化炭素を生成しないことである.
    (二酸化炭素を生成しないことが「良い」ことだと明言している.)
    ×特長的、◯特徴的、だと思う。

    うつる・うつす

    うつる意味使用例
    写るあるものを別のところにコピーする
    (Unixでいうところのcp)
    写真に自分の顔が写っている.
    (自分が動いても写真は動かない)
    映るあるものの実体が別のところで像として見える
    (Unixでいうところの alias, ln -s)
    鏡に自分の顔が映っている.
    (自分が動くと像も動く)
    移る物,事の位置/所属が変化する測定機器の設置位置を移す.
    遷る物,事の状態が変わる都を奈良から京都に遷す.
    熟語を考えるとヒントとなろう。c.f. 転写、映画、遷都、転移、移動...

    おこす・おこる・おきる

    おこす意味使用例
    起こす横になっているを縦にする人を起こす、原稿を起こす
    興こす新しい物事をつくり盛んにする国を興す、産業を興す、研究分野を興す
    熾こす火を熾す、火が燃えるように盛んにかる火を熾す
    熟語を考えるとヒントとなろう。c.f. 起床、起草、起業、興業、復興...

    始・初

    この二つは「一応」は同音類義語ではあるが,本来は意味的品詞が違うものである.
    • 始める・始まる: begin, start を意図する動詞的意味
    • 初めて: firstly を意図する副詞的意味
    始める,初めて,というように送り仮名を含めてみると分かる筈であるが混同は無くならない.パソコンのかな漢字ではたいていの場合適切な方に変換される筈なのであるが,なぜかこれらの間違いが多い.
    基本的には次のように判断できるかもしれない.
    はじ多分これが正解
    はじまる始まる
    はじめる始める
    はじめて初めて

    さて,どちらが正しいか.正解は...あえて書かない.
    本方法による検証は始めてなされた.本方法による検証は初めてなされた.
    始まった.初まった.
    始めて間もない.初めて間もない.

    両方あり得る例.この間違いは実際の論文でもべらぼうに多い.
    かなさてどちら?文例
    はじめに初めに初めに本定理を発見したのはニュートンである.
    (最初にしたのは...)
    始めに本プロジェクトの始めに文献収集をした.
    (開始時にしたことは...)

    あれ、ちょっと待った!

    今日,ニュースを見ていて非常に気になった.本来の意味と慣用的な意味の差異.

    収束

    収束本来慣用的
    意味集めて束ねること (convergence)減少すること
    用例数列が (ある値に) 収束する.インフルエンザの流行が収束しつつある.
    研究者たる者,この慣用的な使用例の奇妙さには敏感になって欲しい.インフルエンザの流行が一定値になるのではなく、インフルエンザ罹患が減少傾向にある,ということが言いたいのだろう.

    ああ勘違い・思い込み

    結構多い.特に固有名詞類.本文では書く機会が少ないはずであるが,謝辞,付録,脚注などで書く機会もあろうかと思うが気をつけよう.そんな細かいこと...なんていう言い訳は効かない.想像や憶測,曖昧な記憶に頼ってはいけない.固有名詞は正確に!
    • 某プリンタ等メーカー名称:
      × キャノン
      ◯ キヤノン
    • 某タイヤメーカー名称:
      × ブリジストン
      ◯ ブリヂストン
    • 某ノーベル賞企業の英文名称:
      × SHIMAZU
      ◯ SHIMADZU
    • 某自動車メーカー英文名称:
      × MATSUDA
      ◯ MAZDA
    • 某西海岸系大銀行:
      × City Bank, × Citi Bank
      ◯ Citibank

    同音漢字による置き換え

    文化庁・国語審議会によって当用漢字外の使用文字を持つ言葉,熟語における置き換えが奨励されている. しかし,ちょっとまって欲しい.本当にその字でいいの? と言いたくなるものも含まれている.学術研究者たるもの,ものごとの本質を見失わないで,本来の用字用法を熟慮して欲しい.
    7.2 漢字カタカナひらがな

    漢字カタカナひらがな

    漢字か平仮名か?

    明確にその漢字の本来の意味として使用していない語句は,平仮名で書く.また,そこまでいかなくとも,平仮名で書くべきものもある.
    • × ・・・という事は,
        → ○ ・・・ということは,      (事 (fact) としての意味が希薄でありそれよりは that 節であろう)
    • × ・・・する時は,
        → ○ ・・・するときは,       (時間,時刻の概念が希薄である)
    • × ・・・して置く.
        → ○ ・・・しておく.        (置く (put, leave) という意味はもはや無い)
    • × ・・・して来る.
        → ○ ・・・してくる.        (来る (come, go) という意味はもはや無い)
    • × XXXと言う方法
        → ○ XXXという方法        (言うという,口で発声するという意義がない、本来は "云う" だろう)
    • × ・・・それは xxx では無い.
        → ○ ・・・それは xxx ではない.  (無い (nothing),のではなく否定 (not) である)
    • × ・・・ということは有りえ無い.
        → ○ ・・・ということはあり得ない.(無い (nothing),のではなく否定 (not) である)

    カタカナ

    日本語の学術論文ではその構成文字として,漢字,平仮名 (以下,ひらがな),片仮名 (以下,カタカナ) を主として用いる.通常の論文でカタカナを使用する局面は,ほぼ次のものに限定されよう.
    • 固有名詞          e.g. シーメンス,ニューヨーク
    • 強調・区別化・差別化    e.g. カタカナ
    • 外来語           e.g. コンデンサ,バケツ
    • 当用漢字でないとき等の代用 e.g. ケイ素,ネジ
    固有名詞は,文字セットの都合 (例えばアラビア語の固有名詞とか) がある場合を除き,原語の使用もあり得るが,日本語で商標登録,意匠登録があるものなどはどちらでも問題はない.言葉を強調したり,もとの漢字が当用漢字でないとき,漢字で書くのが通例でないときなどは,カタカナの使用もあり得るができるだけ避けた方が良い.本文で「片仮名」を「カタカナ」と表記しているのはその一つの例である.
    おそらくカタカナの使用の可否ということではなく,表記法という面で問題となるのは外来語である.以下ではカタカナによる外来語表記の問題を探る.

    外来語のカタカナ表記

    外国語を原語表記 (文字セットの都合がある場合はローマンアルファベット) とすべきか,カタカナ表記とすべきかという問題はそれほどクリチカルではないが,原語表記を多用すると,可読性に大きな影響を与えうる.適切で読みやすい表記を心がけよう.
    • × United States of America の State of Michigan は Canada の Province of Ontario と Detroit River を挟んで接しており,両岸の都市である Detroit と Windsor の間にはトンネルと橋により行き来できる.
    • × America 合衆国 の Michigan 州は Canada の Ontario 州と Detroit 川を挟んで接しており,両岸の都市である Detroit と Windsor の間にはトンネルと橋により行き来できる.
    • → ◯ アメリカ合衆国のミシガン州はカナダのオンタリオ州とデトロイト川を挟んで接しており, 両岸の都市であるデトロイトとウィンザーはトンネルとアンバサダー橋により行き来できる.
    外来語を漢字の当て字で表記することがよくあるが,原則として論文では避けるべきである.
    • 瓦斯 v.s. ガス
    • 煙草 v.s. タバコ
    • 米  v.s. メートル・アメリカ

    人名の表記

    先行研究の引用などでは,その著者名はローマンアルファベット表記とするべきである.これには参考文献のアクセスを容易にする,という目的がある.その目的からして著者の国籍や人種が問題なのではなく,日本人著者であっても該当論文が英文論文であれば引用著者名はローマンアルファベット表記,外国人著者であっても和文論文であれば引用著者名を和文表記とするべきである.また,掲載論文誌の国籍でもなく,日本の学会で刊行さている英文論文はローマンアルファベット表記とするべきである.
    • (×) ローゼンフェルドによってもたらされたディジタル幾何学[1]と,マーによって示された視覚理論[2]は,現在のメディア研究の根幹を形成している.
    • (◯) Rosenfeld によってもたらされたディジタル幾何学[1]と,Mar によって示された視覚理論[2]は,現在のメディア研究の根幹を形成している.
    直接の先行研究の参照引用としてではない,広く認知された人名の表記はカタカナで表記することもできる.
    • (◯) Keplerと Galilei は Copernicus の地動説を支持した.
    • (◯) ケプラーとガリレイはコペルニクスの地動説を支持した.
    • (×) ケプラーとガリレオはコペルニクスの地動説を支持した.
    3番目はありがちなミス.

    カタカナによる記法各論

    「ヴヰヱ」の使用

    「ヴヰヱ」はできる限り使用しない.発音的にどうしても気になる場合は,カナでなく,英文を並記すべきである. BとVを区別させたいのなら,LとRも区別させよ! →国語審議会.元々,英語の発音をカナで正確に表記できる訳がないのである.また,社会的に認知されている和文がある場合に,あえてカタカナで表記する必要はない.とある学問分野を攻撃する気は毛頭ないが,頼むから止めてくれ...(;p)
    • × ヴァーチャルリアリティは,...
    • △ バーチャルリアリティは,...
    • ◯ 仮想現実は,...
    • ◎ 仮想現実 (VR: virtual reality) は,...
    もちろん,登録商標、固有名詞などについては別問題である.
    • × パージンアトランティック航空
       → ◯ ヴァージンアトランティック航空
    • × ニッカウイスキー
       → ◯ ニッカウヰスキー
    • × エビスビール
       → ◯ ヱビスビール
    (酒しか思い付かない...)

    長音「ー」

    外来語,特に英語で er, or, y で終わる単語は,カタカナでは伸ばさないのが最近の傾向である. JIS で定められているものもあるし,学会の方針もある.
    • ×コンピューター 
       → ◯ コンピュータ
    • ×リアクター 
       → ◯ リアクタ (リアクトル)
    • ×コンデンサー
       → ◯ コンデンサ
    • ×インターフェース, ×インターフェイス
       → ◯ インタフェース
    • ×リアリティー
       → ◯ リアリティ

    アかヤか

    (ここは独り言...)
    気になる. a はア、ya はヤであろうに...でも仕方ないのか...
    • diamond: ダイヤモンド vs ダイアモンド
    • tire: タイヤ vs タイア,c.f. fire
    • 7.3 曖昧な表現

      曖昧性・冗長性

      複数の読み方における多義性

      漢字を輸入して,それに複数の読み方を与えたことは日本語の表現力を豊かにした.原音 (字音) に基づく呉音・漢音・唐音・宋音・唐宋音と慣用音によるいわゆる「音読み」,そして漢字一文字ごとにやまと言葉を対応させて意味の解釈をする「訓読み」である. 「訓ずる/訓じる」という言葉もあるように訓読みは固定的意味を持つはずであるが,一対一対応とすることは叶わなかった.送り仮名がある場合でも,同一の文章で複数の読み方が可能な漢字表記があり,それは多義解釈の可能性を生む.

      行った

      「行う」はたぶん問題とはならず,「行った」において致命的となる可能性がある.学術論文では頻出する語句であろう.
      • 行った:   おこなった v.s. いった
      もちろん文脈で推定可能だとは思うが,クリチカルな場面もあるのではないだろうか.
      • ???   e.g. 彼は朔日,両親と行った
          → このままでは文脈でも推定不可能.
      • いった   e.g. 旅行に行った
          → 旅行した,旅行に出発した,etc.
      • おこなった e.g. アンケートを行った
          → アンケートを実施した,アンケートを行なった,etc.
      「行な(う)」という送り仮名表記は,国語審議会でも許容している.
      許容次の語は,(  )の中に示すように,活用語尾の前の音節から送ることができる。
         ...[途中省略]... 行う(行なう) 
      昭和47年6月28日,国語審議会からの答申による,翌48年6月18日の 内閣告示第1号より抜粋. 許容,ということは「奨励」ではないということに注意する必要がある.やはり,実施・実行・遂行などの二文字熟語の利用が読みなすくて良いかもしれない.

      入れる

      • 入れる:   いれる v.s. はいれる
      このような言葉の使用は避けたい.代替できる言葉,というより「入れる」よりも適した言葉があろう.
      • いれる   e.g. 文字列を入れる
          → 挿入する,注入する,etc.
      • はいれる  e.g. グループに入れる
          → 入ることができる,etc.

      開ける

      • 開ける:   あける (open) v.s. ひらける (開発) v.s. ひらける (可能)
      これも「入れる」と同様である.代替できる言葉がない場合,ひながな表記も視野に入れる (含める) と良いかもしれない.
      • あける   e.g. 小包を開ける,ビンのふたを開ける
          → 小包を開封した,ビンのふたをあけた,etc.
      • ひらける  e.g. 鉄道によってこの村も開けた
          → 鉄道によってこの村もひらけた,開発された,etc.
      • ひらけない (不可能) e.g. このファイルは開けない
          → このファイルは開くことができない,アクセスできない,etc.

      曖昧な表現

      程度表現,度量表現に曖昧な言葉を使わない.
      • × この A の測定誤差は非常に小さい.
        → ◯ この A の測定誤差は,1% 以内である.
      • × かなり良くなった.
        → ◯ 10% の改善が見られた.
      あなたにとって小さくても,読者Aには大きいかも知れない. あなたにとって大きくても,読者Aには小さいかも知れない. あなたにとって近くても,読者Aには遠いかも知れない. あなたにとって遠くても,読者Aには近いかも知れない.
      • × この半導体結晶の純度は非常に高い. (本当は99.99%)
          (学生実験で作った半導体なら上等かもしれないが, こんな結晶ではトランジスタはできない!!)
         → ◯ この半導体結晶の純度は99.99%である.
      • × 東京 - 博多間は,たったの5時間である.
          (5時間を長いと感じる人もいる.事実のみを正確に伝えよう)
         → ◯ JR新幹線のぞみ1号によれば,東京 - 博多間は4時間50分である.
      • × 地球 - 月間の距離は,40万km もある.
          (天文学を生業としている人には 40万km なんてリンゴの皮以下である.また距離という言葉が曖昧である.)
         → ○ 地球 - 月の平均中心間距離は約 384,400 km である.
         → ○ 月の平均公転半径は約 384,400 km である.

      一文字単位の存在意義

      助詞「に」

      「1/4減少した」 この表現事体が間違っているわけでは無い.よくよく聞いてみると「1/4に減少した」と言いたかったのである.ウィンドウショッピングしているとよく目にする, 「定価の一割!!」 の後ろに「引き」と小さく書いてあるのに通じるものがある.このように文法的にはいくら正しくても,意味が異なっては問題外であり,意味が正しくても,誤解を最小限にする工夫をしよう. 以下,助詞一文字で180゜意味が変わる例.
      • 1/4[に]減少した
      • 誤差が0.1%[に]増加した

      頭痛が痛い表現

      主語に使用している単語を修飾語・補語・述語などとして同時に使用すると極めてくどくなる.
      • × 今日の天気はいい天気です.
        → ○ 今日はいい天気です.
      • × 本手法は,...という手法である.
        → ○ 本手法は,...という概念で構成されている.
        → ○ 本手法は,...である.

      頭痛がちょっとする表現

      酷くはないが、ちょっと頭痛がする表現。
      • × 不純物含有率の測定方法は,◯◯法を使用する.
          → ◯ 不純物含有率の測定では◯◯法を使用する.

      断定・推定・etc.

       きみのその文は本当に正しいか? 断定していいのか?
      • ~は~である.(本当に言い切って良いのか)
        e.g. PowerPC は Pentium より高速である.(この命題は偽である)
        e.g. Pentium III は PowerPC G4 より高速である.(この命題も偽である)
      • 必ずしも A は B であるとは限らない.
        e.g. 必ずしも Pentium は PowerPC より高速であるとは限らない.(この命題は真)
      • 少なくとも A は B である.
        e.g. 少なくとも,AAA のベンチマークに基づくと,XXX MHz の PowerPC (2次キャッシュ1MB)は YYY MHz の Pentium (同・1MB)よりも高速である.(これでもチト不安)

      冗長な強調表現と例外表現

      • (1) (?) A は必ず B である.
      • (2) (?) A は B である.
      この二つの文を読んで読者はどう感じるだろうか? ある文書で,(1) のような表現がありその後に (2) のような表現に出会った場合に (2) は「必ず」ではないのかも知れないな,という「印象」を持ってしまう.
      は虫類は例外なく必ず卵生であり孵化後の幼生は例外なく必ず成体とは独立に栄養を摂取する.一方,哺乳類は胎生であり雌親が哺乳する.
      論文に行間は不要と主張しているが,読んでいる読者が行間を「感じて」しまうのである.読み手の感性のインフレともいうものであろう.自然科学では,「A は Bである」と一度言ったら例外は無いのである. もし例外の余地が僅かでもあるのであれば,
      • (3) ○ (必ずしも) A は B であるとは限らない.
      • (4) ○ 一般に A は B である.
      • (5) ○ A は B である可能性がある.
      • (6) ○ A は B でない可能性がある.
      という表現を使用すべきであり,例外の余地が全く無いのであれば,
      • (2) ○ A は B である.
      と言い切れば必要十分である.本来なら,直前の拙文,「もし例外の余地が[僅かでも]あるのであれば,」「例外の余地が[全く]無いのであれば,」も冗長表現であるが本文では分かりやすさを優先した. ここで出てきた副詞「必ず」の冗長用法と類似した表現を以下に示す.
      • 大学教授は必ず眼鏡を掛けている. vs 大学教授は眼鏡を掛けている.
      • 電池の電圧は必ず 1.5V である. vs 電池の電圧は 1.5V である.
      • この方程式は必ず解をふたつ持つ. vs この方程式は解をふたつ持つ.
      なお,ここの節の趣旨としては,「必ず」という表現を絶対に使用してはいけない,と言っているのではない.「必ず」という単語を取り去ってみて,意味として間違っていなければ取るべきである,と言っているのである.しかし,筆者は「必ず」が必須な例文をなかなか思いつかない.

      使ってはいけない表現

      文末の表現には注意すべきである.断定・推定・憶測・主観・客観というキーワードを念頭に置いて考えよう.もちろん,憶測表現と主観表現は使用禁止である.推定と憶測は,前者が根拠を伴っているのに対し,後者には根拠が無い.
      • × ・・・と感じる.
         [あなたの第六感はどうでもよい.]
      • × ・・・と思われる.
         [あなたの主観以外の何ものでもない.]
      • × ・・・と想像する.
         [あなたの主観以外の何ものでもない.]
      • × ・・・と考える.
         [「考える」は下一段活用動詞終止形である.日本語の終止形では実現性の保証を表現しないので事実の表現という論文に照らせば意味が無い.あなたがどう考えたか,どう考えるかは読者に意味ある情報をもたらさない.]
      • △ ・・・と考えられる.
         [「考えられる」は下一段活用動詞未然形+可能助動詞である.この形は「考えることが可能である」と書き換えでき,意味的破綻がない.根拠を持ってこの構文を使用することは読者に意味のある情報を提供する.ただし,「・・・である」と言い切って意味が通ればそうすべきである.]
            
        • 例) × 二次方程式の解は複素数の範囲で2個あると考えられる.
          → ○ 二次方程式の解は複素数の範囲で2個ある.
      • × ・・・ではないだろうか.
        × ・・・ではないか.
         [読者に同意を求める必要は無い.責任放棄である.]
      • × ・・・α =1 として実験してみた.
         → ◯ ・・・α =1 として実験した.
         「してみた」「みた」という表現はしばしば論文でも見られるが,非常に危険な表現である. 「してみた」には「他の方法もあるが根拠も無く,根拠は無いが取り敢えずそのようにした」というニュアンスが込められており,責任放棄ととられても文句は言えない.「した」と断定表現して何が悪いのだろうか.
      思う・想像する,は主観の表現であり,根拠が伴った表現で使用しても客観の表現になりえず,文法的矛盾が生じる.
      • × A=B,B=C であるので A=Cであると思う.
        → ○ A=B,B=C であるので A=Cである.
      「考えられる」は根拠が伴った適切な表現で使用すれば「推定される」と意味が近くなり,客観の表現になりうる.しかし,「推定される」と表現して間違いが無ければそちらを使用すること.
      • × この患者のインフルエンザウィルスは A 型であると判定され,かつ香港型でもソ連型でもないことから H1N1 型 (ブタインフルエンザ) である.
      • ◯ この患者のインフルエンザウィルスは A 型であると判定され,かつ香港型でもソ連型でもないことから H1N1 型 (ブタインフルエンザ) であると推定される.
          (A 型はこの三種類のみであるということが証明されて初めて背理法が成り立つので推定の域を出ない)
      断定はできなくても,意味のある表現というものは存在する.
      • × 太平洋に落とした指輪は発見できない.
      • × 太平洋に落とした指輪は決して発見できない.
          (0.000000001%でも可能性があれば100%ではない.)
      • ◯ 太平洋に落とした指輪は発見することが極めて困難である.   (極めて困難,という事実は100%信頼できる.ただし,学術論文である以上,どの程度の困難さを伴うのかを定量的に示すことが望ましい.)
      生活する上では「事実上,断定しても良いこと」であっても学術論文では断定してはならない.真は真,偽は偽と言い切ることは学術論文として極めて重要である.僅かでも可能性のあることを否定したりすることは,論文の演繹性を損なうからである.
      • × 哺乳類は胎生である.
      • → ◯ 哺乳類の大多数は胎生である.
      • × 魚類は水中で産卵する.
      • → ◯ 魚類の大多数は水中で産卵する.
      太平洋に指輪を落としても,例えばその指輪に超小型ビーコンを埋め込むことができる時代はすぐそこまで来ている.今は不可能ではないか,というのは理由にならない.学術論文は時間と空間を超えた人類の財産であることを忘れてはならない.

      憶測~断定の程度のまとめ

      感じる < 思う・想像する <<<< 考えられる < 推定される < である
      先入観無しに読んだときにどう感じるだろうか?
      • 以上の反応試験の結果,この合金の主成分はアルミニウムであると感じる.
      • 以上の反応試験の結果,この合金の主成分はアルミニウムであると思う.
      • 以上の反応試験の結果,この合金の主成分はアルミニウムであると想像する.
      • 以上の反応試験の結果,この合金の主成分はアルミニウムであると考えられる.
      • 以上の反応試験の結果,この合金の主成分はアルミニウムであると推定される.
      • 以上の反応試験の結果,この合金の主成分はアルミニウムである.

      一見良さそうだが...

      否定の限定・限定の否定

      問題:
      • ここにある半導体は全てアモルファスではない.
      • ここにある半導体は全てがアモルファスではない.
      • ここにある半導体の全てはアモルファスではない.
      • ここにある全ての半導体はアモルファスではない.
      • ここにある全ての半導体がアモルファスということではない.
      さて,それぞれいかなる意味であろうか? このような表現は学術論文に相応しいだろうか? ヒント: 多義性の排除.

      つい使ってしまう主観表現

      あまり本人も気付いていないのだろうが,著者自身も含めてつい使ってしまう主観表現がある.気をつけたい.
      • × しまう.(e.g. …してしまった.…してしまう.…されてしまった.etc.)
          (その行動…が予想外、希望外であることを暗に表現している。)
          → ◯ する.(e.g. …した.…する.…された.etc. のように事実として記述すること)
      • × も (棄却率が…%もある.該当者が…人もいた.etc.)
          (その数値…が予想外、希望外であることを暗に表現している.)
          → ◯ (棄却率が…%である.該当者が…人であった.etc. のように事実として記述すること)
      • × たったの (e.g. この町の人口はたったの2,000人である.)
          → ◯ (e.g. この町の人口は2,000人である.)
    7.4 表現法個別論

    意味不明の言葉

    学術論文の存在意義を考えたとき,意義・意味を持たない,あるいは意味不明の言葉があり,その使用は論文の説得力低下,信頼性低下に繋がる.

    ちなみに (因みに)

    「ちなみに」とは,「ついでにいうと」といった意味を持つ接続詞あるいは副詞である.学術論文で「ついで」とは何たることか? 記述する必要があれば記述し、冗長であれば書かない,ただそれだけのことである.
    • × 長野県は海に接しない都道府県のひとつである.ちなみに奈良県も海に接しない.
    「奈良県」 のことを言及する意義が論文本旨として重要であるのであれば,
    • △ 長野県は海に接しない都道府県のひとつである.奈良県も海に接しない.
    • ◯ 長野県と奈良県は海に接しない都道府県である.
    • ◯ 長野県は海に接しない都道府県*1のひとつである. (脚注 *1 栃木県,群馬県,埼玉県,山梨県,長野県,岐阜県,滋賀県,奈良県)
    とすれば良い.意義がなければ書くな!

    余談だが

    余談ならするな!

    自身

    最近,論文でも目にする.ここで問題とするのは単独で出現する「自身」である.自身が単独で出現した場合,「何」自身なのかは実は自明ではない.
    • × ある種のタンパク質は自身が持つ塩基が作用して...
    この自身とは「ある種のタンパク質」のことか? もしそうなら,
    • ◯ ある種のタンパク質はそれ自身が持つ塩基が作用して...
    というように何を指し示すのかを限定できる言葉を付加しなくては多義性が生じる.例: それ自身,自分自身,...

    多義性同語

    別項では「同音異義語」,「同音類義語」について考察したがここでは「多義性同語」について述べる.

    適当

    • (?) 加速係数 α を適当に設定した.
    いかがだろうか.
    そう,現代日本語の「適当」には相反する二種類の意味があることをここで認識して戴きたい.
    • (?) 加速係数 α を適切に (suitably, appropriately) 設定した.
    • (?) 加速係数 α を何も考えずになんとなく (somehow) 設定した.
    どうだろうか.ここを読んでしまった貴方はもう「適当」という言葉は不用意に使えないだろう.

    勝手に熟語

    漢字を「適当」に組み合わせて熟語を作るときには勝手な思い込み、勝手な創作を排除しよう.判りやすい例を示す.
    • 行列の式 v.s. 行列式
    • 固有の値 v.s. 固有値
    これらの対が同じ意味でないことは,理工系 (+経済系) 出身であれば常識である(と信じたい).いくら理工系でなくても,社会科学系とかでこれらの用語を不用意に使用すればそれは単なる無知として学術論文としては認められないだろう.そう,いくら分野違いといってもきちんとした定義がある以上,言い逃れはできないのである. ここまで極端でないにしろ,勝手な熟語は専門家から見れば嘲笑ものである.いや,頭痛ものかも知れない.
    • × この電波は 100m という長波長だ.
        (無線の世界では長波という区分 (λ=10km~1km) が正式に定められており,長い波長という意図で長波長という意味不明の言葉を使用してはならない.)
      △ この電波は 100m という長い波長だ.
        (さらに長いかどうかは主観表現であるので不適.)
    • × 昨晩は最低気温が 24℃ にもなりハワイのような熱帯夜であった.
        (夏日・真夏日などと同様、熱帯夜も気象庁で定められた用語である.)
    • × この支持装置の稼働範囲を10mmから20mmにしたことで自由度が向上した。
        (自由度 (DoF: degree of freedom) という言葉は軸の数であって,範囲に依存するものではない.)

    固有名詞 v.s. 一般名詞

    一般名詞かと思っていたら実は固有名詞・登録商標だった,ということはよくある話であり,気をつけたい.固有名詞として論文に記載する学術的な合理的理由が無い限り,一般名詞で表現するべきである.
    ホッチキスとかゼロックスなどは良く知られた間違えやすい例であるが,ここ ( Coffee Break ) で示すものはちゃんと認識しているだろうか?
    ここに掲載した登録商標を使用してはいけない,といっているのではない.一般名詞に示した意味でその商標を使用してはいけない,といっているのである.例えば,接着剤の意味で「ボンド」と表記するのは不適当であるが,原子と原子の接合 (bonding) など,接着・接合の意味で使用することは差し支えない.
    例)
    • × この箱に取手を取り付けるためにボンドを使用した.
    • × この箱に取手を取り付けるために接着剤を使用した.
    • ○ この炭化水素化合物のボンドは合計12個である.

    言葉のインフレーション

    最近の様々なマスコミの文章やテレビ番組 (特にゴールデンタイムの番組) などでの程度表現のインフレーションが気になる.「一瞬」といいながら10秒くらいだったり,十分にあり得ることを「あり得ない」といったり.そういえば,イギリス人では判らないけど,アメリカ人が "a couple of minutes" と言ったら,直訳すれば「数分(普通の感覚では2,3分?)」だろうが,実は感覚的には10分以上1時間以内である.数分を正確に表現する言葉は "a moment" であろう.(以上,筆者の経験)
    このような言葉のインフレは実は昔からある. デスクトップコンピュータ,ポータブルコンピュータ,ラップトップコンピュータ,ノートタイプコンピュータなんていい例で, あのラップトップを誰が膝の上に置くものか. あのノートをだれがノートの大きさ・重さに感じるか. ひとつづつ,ずれている!!
    Coffee Break
    論文ではこのような言葉のインフレーションに代表される誇張表現は絶対に避けよう.

    略語の使用

    例えば上でインフレーションの話題に触れたが,インフレとも通常,表現される.しかし,このような略語の使用はきちんと冒頭で断った上で使用するべきものである.断る場合には次のような括弧書きが良いだろう.
    例)
    • 言葉のインフレーション (以下,インフレ) が目立つ.言葉のインフレがあると...
    • パーソナルコンピュータ (以下,パソコンという) は,言葉通りに一人に一台の時代となった.
    • コンピュータグラフィックス (computer graphics, 以下,CGという) は映画やコマーシャルフィルムなどで我々の目を楽しませてくれる.CG では線型代数学がその理論的背景にあり...
    断り書きを書く前では,たとえそれが論文タイトルや章節項タイトルでも使用禁止である.
    (×)
    第2章 ネット社会の功罪
    インターネットがこれだけ普及し,パソコンがひとりに一台のものとなった現代のインターネット社会 (以下,ネット社会) ではその影響が...

    (◯)
    第2章 インターネット社会の功罪
    インターネットがこれだけ普及し,パソコンがひとりに一台のものとなった現代のインターネット社会 (以下,ネット社会) ではその影響が...

    なお,複数回出現しない略語を断り書きする必要はない.

    意味が同じ?

    中学のとき,英語でこういう問題がよく出た. 「The dog bites me. を意味が同じになるように受動態を使って書き換えよ.」 で,正答は勿論「I am bitten by the dog.」なわけだが (現在形が気持ち悪いというのは置いといて),これで私は英語が嫌いになった (今は違いますよ...). The dog bites me. と I am bitten by the dog. は伝えている「シーン事実」が同じだけで,決して意味が同じ・書き手の意図が同じではない.また,
    • I can play tennis.
    • I am able to play tennis.
    こんな書き換えも出題されたが.これも決して同じ意味ではない.英語が悪いのではなく,教える人間が悪いのである.これはもはや行間の相違ではなく,言い手あるいは書き手の意図に違いがあるのである.ちゃんとした英語教育では must, should, have to, ought to などの助動詞類の違いはきちんと教えているはずである.
    • 私は運転ができる.
    • 私は運転をすることができる.
    • 私は運転が可能だ.
    • 私は運転する能力がある.
    • 私は運転する許可を持っている.
    • 私は運転できるが免許証を持っていない.
    • 私は免許証を持っているが運転できない.
    どうだろう.このように列挙対比するとニュアンスの相違がわかって頂けるだろうか.
    別の例...
    • 世界で最も美しい数式は ei π = − 1 である.
    • 世界で最も美しい数式が ei π = − 1 である.
    • ei π = − 1 は世界で最も美しい数式である.
    • ei π = − 1 が世界で最も美しい数式である.
    一見,同じことを言っているようであるが,文脈として考えると伝えようとしている事柄には差異がある. “A is B” は “A equals B” と決して同じではなく,当然,“A is B” を “B is A” と書き換えるには他の条件が必要である. ちなみに,「は」は副助詞,「が」は主格を表す格助詞である.もちろん,上記4例の差は,文脈における主題 (話題の中心事項) の相違にある.
    行間を伝えるのではなく,文字としてきちんと正確なニュアンスを伝えることに心がけよう.
    行間は禁止,でも,ニュアンスは正確に!

    類義語

    類義語は意味は似ていても同じ意味ではない.正確にものごとを伝える学術論文においては,似て非なるもの,ということができよう.文脈に応じてより適切な単語を選びたいものである.
    例えば...まず学術用語ではないが分かりやすい例から...
    • この航空機は羽田空港から関西空港に向かいます.
    • この飛行機は羽田空港から関西空港に向かいます.
    • この機体は羽田空港から関西空港に向かいます.
    • この便は羽田空港から関西空港に向かいます.*
    さて,これらの意味あるいはニュアンスの違いがわかるだろうか.可能かどうかということでは実はどれも可能なんだろうが,さらに文脈としてどれが相応しいかというと別問題である.次に示す例で考えてみよう.
    • この航空機は積乱雲の上を通過します.
    • この飛行機は積乱雲の上を通過します.*
    • この機体は積乱雲の上を通過します.
    • この便は積乱雲の上を通過します.
    • この航空機にはロールスロイスのジェットエンジンが装備されています.
    • この飛行機にはロールスロイスのジェットエンジンが装備されています.
    • この機体にはロールスロイスのジェットエンジンが装備されています.*
    • この便にはロールスロイスのジェットエンジンが装備されています.
    • ほら,あそこに航空機が飛んでいるよ.
    • ほら,あそこに飛行機が飛んでいるよ.*
    • ほら,あそこに機体が飛んでいるよ.
    • ほら,あそこに便が飛んでいるよ.
    • ヘリコプターは航空機の一種である.*
    • ヘリコプターは飛行機の一種である.
    • ヘリコプターは機体の一種である.
    • ヘリコプターは便の一種である.
    • この航空機の機長は Tom Smith です.
    • この飛行機の機長は Tom Smith です.
    • この機体の機長は Tom Smith です.
    • この便の機長は Tom Smith です.*
    航空機≠飛行機≠機体≠便,であることが読み取れますか? また,どれが相応しいかわかりますか? ちなみに英語でも,airplane, aircraft, ship, flight などと使い分ける.

    別の似て非なる類義語の例

    (to be written soon)
    価格・値段・金額・料金
    著者・筆者・作者
    論文・研究
    定理・公理
    特有・固有

    和数詞

    「ひとつ」「ふたつ」「みっつ」という数詞は日本語古来の数詞 (和数詞,助数詞) である.数詞としては算用数字を使用するのが望ましいが,文脈によっては和数詞を使用したいこともあろう.しかし,「ひとつ」は「ひとつ」でひとつの単語,「1個」は「1」(いち) という数値と「個」という助数詞からなる連結語であるので,次のような記法に気をつけなくてはならない.
    • ◯ ひとつ,ふたつ,みっつ
    • ◯ 一つ,二つ,三つ
    • × 1つ,2つ,3つ

    1つ・2つ・3つは間違い

    1つ,2つ,3つといとう表記は間違いである.根拠は単純明快である.一は「ひと」,二は「ふた」,三は「みっ」と読むことができるが, 1, 2, 3の読み方は「いち」「に」「さん」のみであって「ひと」「ふた」「みっ」とは読めない。であるから,1つ,2つ,3つは「いちつ」「につ」「さんつ」としか読むことができないのである.

    数詞の使用法

    文脈として必然性・合理性がある場合をのぞき,算用数字と適切な単位を用いるべきである.
    • × このエンジンには2つのシリンダーがある.
    • △ このエンジンにはふたつのシリンダーがある.
    • △ このエンジンには2個のシリンダーがある.
    • ◯ このエンジンには2基のシリンダーがある.
    • ◯ このエンジンには2気筒である.
    • ◯ このエンジンには二気筒である.(2気筒/二気筒については次節参照)
    一般に和数詞が許されるのは 2 までではないだろうか.
    • ◯ ひとつ,◯ ふたつ,◯ みっつ
    • △ みっつ,× よっつ,× いつつ,× むっつ,× ななつ,× やっつ,× ここのつ,× とお
    しかしながら,学術論文で明確な合理性があるのは「ひとつ」だけであると筆者は思う.「ひとつ」には英語でいうところの,数値 "1, one" に対する,不定冠詞 "a"(ある) あるいは "single"(単一の) に通じる意味・ニュアンスがあると思うからである.
    類似したものに助数詞「たり」がある.これも同様である.
    • ◯ ひとり,◯ ひとつ,× 1り,× 1つ
    • ◯ ふたり,◯ ふたつ,× 2り,× 2つ
    • × みたり,× みっつ,× 3り,× 3つ
    「ひとり」を「一人」とも書くが,「三人」は「さんにん」と読むだろう.
    • × スカラーみっつを一組として縦ベクトルとして扱う.
    • △ スカラー三つを一組として縦ベクトルとして扱う.
    • △ スカラー三個を一組として縦ベクトルとして扱う.
    • ◯ スカラー3個を一組として縦ベクトルとして扱う.
    • ◎ 3個のスカラーを一組として縦ベクトルとして扱う.

    算用数字か漢数字か

     例えば,「二次方程式」vs「2次方程式」である.最近の中学校数学では「2次」と表現されているようであるが,筆者は違和感を覚える.しかし,文脈次第というのが正解だと思う.例えば,その論文中で単なる単語として出現するか,一般の次数の方程式群のひとつとして出現するかで変わりうる.
    • ◯ x の二次関数 f(x) = ax2 + bx + c は,係数 a が正であれば下に凸である.
    • × x の2次関数 f(x) = ax2 + bx + c は,係数 a が正であれば下に凸である.
    • ◯ 一般に n 次方程式の解は n 個あり,例えば 3 次方程式の解は 3 個ある.
    • × 一般にn 次方程式の解は n 個あり,例えば三次方程式の解は 3 個ある.
    このように並べると,違和感があるのがお判りだろうか.特に漢数字と “n” が絡んだときには論理的不整合が生じる.

    • (余談だが...なぜか判るかな?)
      × 関数 y = ax2 + bx + c は,係数 a が正であれば下に凸である.

    閑話休題

    本論と無関係なことであるが,住所表記で,「なんとか1丁目」というのが最近気になっている.これは数値ではなく,単語・固有名詞なのだから「なんとか一丁目」とするのが正式だろう.

    「行う」の乱用

    論文などでも「行う」という言葉の乱用が目立つような気がする.「行う」という動詞は,「[名詞句]を行う.」という形で使用されることが多いと思う.その名詞句として,もともと動作の意味が有る言葉を使うとどうなるであろうか.
    研究を行う.vs.  研究する.
    実験を行う.vs.  実験する.
    投票を行う.vs.  投票する.
    サ変動詞化の方が,シンブルで違和感が少ないと思わないだろうか?
    但し,例外もある.
    • 新しい計測手法に基づく実験を行う. vs. 新しい計測手法に基づき実験する.
    意味を損なわない程度に,シンプルな表現を心がけよう.

    「研究」「論文」の使い分け,係り結び

     以下の例がどうして「×」なのか考えてみよ.この類いの間違いは偉い先生でも非常に多い.
    • × 本研究では,・・・について述べた.
    • × 本研究は,・・・について述べた.
    • × 本論文では,...について実験した.
    • × 本論文は,...について実験した.

    「本研究では」「本論文では」「本実験では」の使い分け

     TPO によって使い分けよ.同じ意味ではない.
    • × 本論文では,・・・の実験を行った.
    • → ◯ 本研究では,・・・の実験を行った.
    • → ◯ 本論文では,・・・の実験結果について考察する.
    • × 本研究では,...について述べる.
    • → ◯ 本論文では,・・・について述べる.
    • → ◯ 本研究では,・・・について検討する.
    • × 本実験では,...について検討した.
    • → ◯ 本実験では,...について確認する.
    • → ◯ 本実験では,...であることが検証された.

    筆者と著者

     筆者は,自分を指し,著者は第三者を指す(ことが多い).自分のことをいいたければ「私は」ではなく「筆者」を使う.ただし,論文では人格を隠蔽するために人を主格で使用しない,という流儀がけっこうあるので注意されたい.特に査読論文では著者個人が査読者に予想されるからである.
    • × 文献[3]の筆者は,・・・と記している.
       → △ 文献[3]の著者は,・・・と記している.
       → ◎ 文献[3]では,・・・と記されている.
    • × 著者らは,...についてすでに報告している.
       → ◯ 筆者らは,...についてすでに報告している. (論文誌によっては禁止されている)
       → ◎ 文献[3]では,・・・と報告されている. (受身形にして人格を隠蔽)

    誰がしたのか

    自分の成果と他人の成果を混ぜるな.明確に区別せよ.誤魔化したいのか,意図はなかったのか不明だが,これは非常に多い.私が査読した場合はまずここは問題にするだろう(→特に信学論,情処論の著者各位).先行研究では参考文献を引用するのが望ましい.さらに,自分の先行研究であってもきちんとそれを明確にしなくてはならないし,論文誌によっては自分による先行研究でも人格を隠蔽しなくてはならないものもある.

    • × XXXの結果に基づいて,YYYを行った. (XXXはだれがしたのか不明)
    • → ◯ 筆者らは先にXXX[2]を示しているが,本研究ではそれに基づいてYYYを行った.
    • → ◯ OkadaによるXXX[2]に基づいて,本研究ではYYYを行った.

    前? 後?

    さて問題.
    • 「文字列 “ABCDEFG” の “D” のに文字 “x” を挿入する.」
    とはいかなることか? 実は,この文の意味は自明ではない.
    • (a) “ABCxDEFG”
    • (b) “ABCDxEFG”
    貴方が (a) だと言い張っても (b) だと言う人もいる.ひとにより両方の解釈がされうるのである.きっと (a) だと思う人は「前」というのが,「書いた時間的に早い方が前」という解釈で, (b) だと思う人は「書いた時刻が新しい方が前」という解釈なのでは無いだろうか.この仮説はアラビア語ネイティブの人に確認すると心理的根拠になるかもしれない.
    このような場合は,

    • 意図が (a) の場合:「文字列 “ABCDEFG” の “D” のに文字 “x” を挿入する.」
    • 意図が (b) の場合:「文字列 “ABCDEFG” の “D” のに文字 “x” を挿入する.」
    と書けば誤解が生じない.
    ところで情報科学の分野での狭い領域の話ではあるが,ストリングマッチングで「前方一致」,また言語理論で「前方参照」という用語が使用される.これらは情報科学の分野として定義済み用語であるので問題はない.
    とにかく,勝手な自己基準ではなく普遍絶対的に一義性のある表現に心掛けよう.
    第 8 章 文章の構成要素
    散文など通常の文章が文の集合としてのフラットな文章として構成されているのに対し,科学技術論文の文章は,単に日本語文とか英語文のみならず,記号,略語,数式などが混ざって構成される。そこではやはりそれらの使用に当たってのルールというものがある.混沌とそれらを使用することは読者に不用意な勘違い,誤解,を与えかねない.間違いなども生じてしまう可能性がある.正しい使用方法をもって論文執筆にあたって戴きたい.
    8.1 括弧の利用

    括弧の位置

    括弧書きは文の一部であり,単独の文ではない.従って,句読点との位置関係に注意せよ.
    • × ~は~によって構成されている.(図1)
        → ○ ~は~によって構成されている(図1).
        → ○ 図1に示すように~は~によって構成されている.

    括弧の必要性

    本当にその括弧が必要なのか,よく考えてみよう.文章の練り直しで括弧が外れるときは外してみよう.原則として括弧では,その括弧の中が飛ばして読まれても論理的不整合を生じてはならない.もし括弧の中を飛ばすと論理的不整合が生じるのなら,本文にきちんと組み入れるべきである.
    • × 大学教授は眼鏡を掛けている (但し,岡田教授は例外).
        [括弧を飛ばすと論理的不整合]
        → △ 大学教授は眼鏡を掛けているが,岡田教授のような例外も存在する.  → ○ 大半の大学教授は眼鏡を掛けているが,岡田教授のような例外も存在する.
    • △ コンピュータには一般にキーボードが付属している (ペンコンピュータなどが例外).
        [「一般に」と言っているので論理的不整合は無いが読みにくい]
        → △ ペンコンピュータなどの例外を除き,コンピュータには一般にキーボードが付属している.
        [論文の趣旨主張点と照らして,例外を示す必然性が本当にあるのか?]
        → ○ コンピュータには一般にキーボードが付属している.
        [論文の趣旨主張点と照らして,例外を示す必然性が無い場合]
        → ○ コンピュータには一般にキーボードが付属しているがペンコンピュータなどの例外がある.
        [ペンコンピュータが論文の趣旨である場合]

    注釈化の可能性

    括弧の中があまりに長くなる場合は,脚注や付録にすることを考えよう.
       
    • × [括弧の中が長い,読みにくい,なくても論理を損なわない]
      Macintosh では様々な OS がこれまでに使用されてきた (OS9, OS X 10.0 Cheetah, OS X 10.1 Puma, OS X 10.2 Jaguar, OS X 10.3 Panther, OS X 10.4 Tiger, OS X 10.5 Leopard, OS X 10.6 Snow Leopard など).その中でも Leopard は...
            
    • × [本文趣旨と関連が薄いので混乱する,読みにくい]
      Macintosh では OS9, OS X 10.0 Cheetah, OS X 10.1 Puma, OS X 10.2 Jaguar, OS X 10.3 Panther, OS X 10.4 Tiger, OS X 10.5 Leopard, OS X 10.6 Snow Leopard など様々な OS がこれまでに使用されてきた.その中でも Leopard は...
            
    • ◎ [脚注にするとすっきり!!]
      Macintosh では様々な OS がこれまでに使用されてきた.その中でも Leopard は...
         :


      † OS9, OS X 10.0 (Cheetah), OS X 10.1 (Puma), OS X 10.2 (Jaguar), OS X 10.3 (Panther), OS X 10.4 (Tiger), OS X 10.5 (Leopard), OS X 10.6 (Snow Leopard) など

    8.2 数式の利用
    数式は自然科学において全世界に通用する共通言語である.私はフランス語は知らないし,ドイツ語は第二外国語として4単位取った筈だが,初めてドイツに行ったときに某公共施設において “Herren” と “Damen” を間違えて入ってしまった程度のものである.それでも,フランス語やドイツ語,はてはロシア語の論文でも,数式を追って行けば何となく論旨が理解できる.
    自然科学系の古典論文の中にはフランス語・ドイツ語・ロシア語で書かれた重要な論文が数多くあり,見ないわけにはいかないことがしばしばである.そう,だからこそ,数式は自然科学論文においては極めて重要なのである.美しい論理展開で美しい数式を書こうではないか.
    ISO で定められた世界共通語 (ISO 31-11) である数式にも僅かながら例えば次のような「方言」があるが, 殆どの場合は問題とならない.
    • ≈ v.s. ≒ (≒ の方が方言)
    • ≤ v.s. ≦ (≦ の方が方言)
    • ≥ v.s. ≧ (≧ の方が方言)

    数字の基本的な書き方

    文字種

    必ず半角数字を用いる.全角数字は恥ずかしいのでやめよう.
    • × 誤差は 0.012% であった.
        ◯ 誤差は 0.012% であった。

    カンマ・小数点

    頭痛のする値札を見たことはないだろうか?
    • 安い! 1.980円!
    2円でお釣りがくるのか? 困ったものだ.どうも日本人はカンマとビリオドに鈍感である。 欧米に行くとこういう値札を見る.
    • €1,98 /lbl.
    • $ 2.00 ea.
    これは欧米人が小数点・コンマの使い方に鈍いのではない.ユーロもドルも1/100の補助単位としてセントがある.そして “.”“,” は小数点として使用しているのではなく,主単位と補助単位の間の区分記号として使用しているのである.だから、その場合の “.”“,” の右側必ずには 0 パディングされた 2 桁数字がある.
    しかし,日本ではこの言い逃れは効かない. “.” はあくまで小数点,“,” はあくまで1000倍単位のカンマなのである.

    インラインにするかどうか

    (to be written)

    困った人たち

    工学部,特に電気・電子・情報系の学生に多い数式の書き方.困ったものだ.

    畳み込み (convolution)

    (×)
    円の面積 S は次のように表される.  S = π * r 2      (1)

    頼むから止めてくれ.こんなこと書いた論文が私の所に査読に回ってきたら,「* は畳み込みですか?」と書いて突っ返すぞ.電気工学・電子工学を専攻する学生なら畳み込みは習っているはずなのだがなぜだろう...
    (◯)
    半径 r の円の面積 S は次のように表される.  S = π r 2      (1)

    ほとんどの場合,積記号 “” は書く必要はない.次の「変数の積」問題と密接に絡み,多文字変数名を使おうとするから積記号が必要になってしまうのである.
    (×)
    円の面積 S は次のように表される.  S = π × r 2      (1)

    これも頼むから止めてくれ.こんなこと書いた論文が私の所に査読に回ってきたら,「× は外積ですか? すると 他の変数もベクトルですか?」と書いて突っ返すぞ.もちろん,, × は積記号ではあるが,スカラーの積は演算記号を省略するのが常であり,とりたてて記号を使用されると無用の誤解を生じてしまうのである.

    変数の積

    (×)
    円の周囲長 L は次のように表される.  L = 2 π Rcylinder   (1)
    ここに Rcylinder はシリンダーの半径である.

    頼むから止めてくれ.こんなこと書いた論文が私の所に査読に回ってきたら,「Rcylinder という積項を構成している R, c, y, l, i, n, d, e, r はそれぞれ何を表しているのですか?」と書いて突っ返すぞ.数式において積記号 “” を省略することが常識である以上,いくら「 Rcylinder はシリンダーの半径」と書かれていても, Rcylinder が9変数の積 R⋅c⋅y⋅l⋅i⋅n⋅d⋅e⋅r でないということは自明ではない.変数は「1文字」で表すこと.ただし,添字として単語を使用することは可能である.
    (◯)
    円の周囲長 L は次のように表される.  L = 2 π Rcylinder   (1)
    ここに Rcylinder はシリンダーの半径である.

    R がイタリック,cylinder が下付き添字 (sub-script) でローマン体になっていることに注意してほしい.
    LaTeX の場合はマークアップ方法に注意:
    1. × $ Rcylinder $
    2. × $ R_{cylinder} $
    3. × $ R_\mathrm{cylinder} $
    4. ◯ $ R_\mbox{cylinder} $
    LaTeX 初心者は (3) と (4) は同じようにタイプセットされると思うかもしれないが, LaTeX では 数式モードとテキストモードでは文字間隔が違うのである! 一度比較してみると良い.一度比較するともう (3) の組み方が気持ち悪くなるだろう.この気持ち悪いと感じる非科学的な感性は,実は論理的で美しい論文作成に重要なものだと思う.

    宙ぶらりんな数式

    数式は文の一部であるときと,そうでないときがあるが,ポリシーをもってあたること.
    (◯) [これは文の一部として現れている.]
    この関数 f(x) は次式,
      f(x) = cos x     (1) で示される.一方 g(x) は...

    (×) [文が完結していない]
    この関数 f(x) は次式,   f(x) = cos x     (1)
    一方 g(x) は...

    (◯) [これは文の一部ではなく単独で現れている.]
    この関数 f(x) は式 (1) で示される.   f(x) = cos x     (1)
    一方 g(x) は...

    なお,英文では,式はその文の一部であり,式で文が終了するときはその右にピリオド "." を置くのが正式である.
    (×)
    The function f(x) is given by   f(x) = cos x     (1)
    On the other hand, the function g(x) is...

    → (◯) 
    The function f(x) is given by   f(x) = cos x.     (1)
    On the other hand, the function g(x) is...

    さらに文法 (英文正書法) としてカンマ "," を使用する場合の例は次の通りである.
    (×) 
    The function f(x) is given by   f(x) = A cos x     (1)
    where A is an amplitude.

    → (◯)
    The function f(x) is given by   f(x) = A cos x,     (1)
    where A is an amplitude.

    マイナス記号の憂鬱

    数式は,(a) いわゆるワープロ機能でシコシコ作成する人,(b) TeXを使用する人,(c) 数式エディタ(M$Wordなどの)を使用する人がいるだろう. (a) の人にはご苦労様なことで,と言わせていただく. (b) の人には「多分」(TeX の流儀で書いていれば) この項に書かれていることは気にしなくてよい. (c) の人には,ソフトがなくなったら再利用できるの?と言わせていただく.私自身はもちろん (b) である. (a),(c)の人を非難する気はないが,本文でインライン数式を使用するとき,たとえば
    • (1) × ここで,a = -1 とおく.
    • (2) ◯ ここで,a = −1 とおく.
    • (3) × ここで,a = -1 とおく.
    とすることがある.この問題点がお分かりだろうか.そう,マイナスの符号である. (1) は,"Timesの半角ダッシュ" を使用したもので「短すぎる」, (3) は,"全角のマイナス" を使用したもので「長過ぎるとともになぜ全角なの?」,である.なんと汚い (見た目,とともに,論理構造として) ことか... Timesを始めとした欧文フォントの殆どにはダッシュではないマイナス記号がきちんと定義されている. Wind○ws の場合はどうかは知らないが, Mac OS の場合,Times系フォントにして,いわゆるダッシュ “-” そのままではなく, “[option] -” として入力してみよう(百聞は...).ただし,(2) の表示例では htmlの “&minus;” を使用している.
    8.3 単位の使用方法

    8.4 略語の利用

    略語の利用

    学術論文でしばしば使用されるラテン語由来の略語をリストして置く.



    略語 ラテン語 英語読み日本語読み 使用例
    ca., c.circaaround,
    approximately
    ca. 1600, ca. 20AD
    e.g. exempli grãtiafor example例えばprogramming language, e.g. C, Fortran, Pascal
    ex.とかex)はダメ
    i.e.id estthat isすなわちthe capital of Japan, i.e. Tokyo
    c.f. confercompare with,
    refer to
    参照c.f. section 3.1
    et al.et alii, et aliæand others ら,など◯ M. Okada et al.
    × M. Okada, et al.
    ◯ M. Okada, J. Toriwaki, et al.
    × M. Okada, J. Toriwaki et al.
    × M. Okada and J. Toriwaki, et al.
    × M. Okada and J. Toriwaki et al.
    (and と , の使用法に注意)
    etc.et cæteraand other things,
    and so forth,
    and so on
    など ○ Pascal etc.
    × Pascal, etc.
    ○ C, Fortran, Pascal, etc.
    × C, Fortran, Pascal etc.
    × C, Fortran and Pascal, etc.
    × C, Fortran and Pascal etc.
    (and と , の使用法に注意)
    Q.E.D.quod erat demonstrandumthat which was to be demonstrated 証明終了 A=B, B=C ∴ A=C. Q.E.D.
    v.v.vice versawith the order or meaning reversed, conversely 逆も同様 I love her, and (she) v.v.
    注意: vice versaを "逆も真なり" と覚えるのは間違い.

    これらはイタリックで表記したいところであるが,先日,情報処理学会の英文論文でこれをイタリックで書いたら(もちろん採録された後),印刷担当にローマンに直されてしまった.
    第 9 章 文字・ フォントの問題
    学術論文は芸術作品である.芸術家は作品を仕上げるために妥協を許さず,自らの感性と哲学をもって作品を作り,ブラシアップする.研究者もこれに通じるものがあり,論文を作品として美しく仕上げるためには最大限の努力をすべきである.ここでいう美しさの最も主要な要素は秩序性と言ってよいかもしれない.フォントなどというものは見栄えの問題だけで,内容には関係ない,と思うかもしれないが,私はそれは間違っていると思う.フォントの問題のみならず,「見た目の美しさ」と「内容の論理的整合性」は正の強相関があると信じる.
    一般には,ここで述べる事柄の大半は学術論文誌・学術雑誌などでは,Editorial な問題であり,校正段階で自動的に修正される.しかし,卒論・修論・博論,学会予稿集,研究会論文では Camera ready 提出となるので,著者が責任を持って気を使わなくてはならない.学術論文誌・学術雑誌にあっても,数式を構成する文字まで写植職人が修正することは無理であるのでやはり責任は投稿する著者にある.通常の本文文章のみならず,特に数式でフォントフェースが異なるとその意味が変わってしまう.なにはともあれ,このサイト「科学技術論文の書き方」の基本コンセプトである「相手に伝わってなんぼ」という考え方においてここで述べることは重要な問題なのである.
    なお,本文筆者は DTP のプロでもなければ書籍編集のプロでもないので,その筋の業界人がもし読んだら笑われることが多いかも知れない.しかし本章で述べることは「伝わってなんぼ」の基本精神から「それほど間違ったことは言っていない」と信じている.それを有効と思うかゴミだと思うかは読者の自由である.
    以下,本ページはその内容の特性上,html でフォントをいじくり回しています.以下のOS, ブラウザで表示を確認していますが,相当乱れますのでご容赦ください.

    • Mac OS X Leopard + Safari 3.2.3: 本サイトの標準開発環境.
    • Mac OS X Leopard + Firefox 3.0.10: ほぼ問題なく表示.日本語フォント,欧文フォント,数式ともほぼ問題無し.さすが Mozilla エンジン,美しい.
    • Mac OS X Leopard + Internet Explorer:mac 5.2: 悲惨.開発停止なので仕方ない.
    • Windows xp + Internet Explorer 8.0.6001.18702: 悲惨,やる気あんのか? W3C準拠でない勝手な方言が強すぎる.
    • Windows xp + Safari 3.2.2: 欧文フォント,数式はまあまあまともに表示.日本語フォントは...
    • Windows xp + Firefox 3.0.10: さすが Mozilla...この劣悪な OS でここまできちんとレンダリングしてくれる.ヒラギノを Win に入れたくなってきた.
    • xp に "メイリオ" を入れるとかなりマシになる.詳しくは お知らせ
      9.1 文字・フォント体系
    • 文字の形としての差に関する名称表現は混沌としているので,ここで整理しておく. DTPの基礎論なんて研究となんの関係があるのか,と言わずに,ざーっとで良いから目を通して欲しい.「伝わる論文」を書くためにはこのようなことに気を使うことも重要である.

      言語による文字

      "ABC..." を英文アルファベットというのは間違いであり,ここでは欧文アルファベット (おそらく正しくはRoman Alphabet) と表現する.もちろん,英語のみならずインド・ヨーロッバ言語族を中心として多くの言語で使用されているためである.欧文文字と日本語文字 (新字体の漢字,ひらかな,カタカナ) 以外の文字を学術論文の本文で使用してはいけない.

      字種

      全く違う字であって意味が異なる字の差による分類を字種という.文字通り似て非なるものを含む.
       A/α/あ/阿,一/壱,未/末,木/水,鳥/烏,戊/戌/戍,巳/已/己,
       岬/碕/(御前)崎/(犬吠)埼,斉/斎,齊/齋,(日)食/(日)蝕,etc.
      用字「日食」は文部科学省の愚策によるもので,[食/蝕] は異字体ではない.太陽が食われるのではなく,蝕 (むしば) まれるんだよ!! (Coffee Break: 文部科学省・国語審議会の愚策)
      ([峰/峯],[崎/嵜] は異字種だろうか異字体だろうか??多分異字体だと思うけど誰か詳しい方教えてください)

      字体

      漢字固有の問題.意味的に同じで一般に置き換え可能であるが画・画数が異なる差による分類を字体という.人名などでもしばしば置き換え可能であるが,本人が字体に拘ることは別問題.同じ字種で異なる字体を異字体という.異字体の多くは歴史的過程での省略化の結果である.

       辺/邊/邉,斉/齊, 斎/齋,学/學, 亜/亞,一/弌,壱/壹,応/應,円/圓,etc.

      字種と字体を混同するな!

      上の表をみていて「おや?」と思った人も多いだろう。たとえば、「斉/斎,齊/齋」「一/弌,壱/壹」である。 斉/斎/齊/齋、一/弌/壱/壹、は、全て異字体でも全て異字種でもない。 [斉/斎][一/壱]は異字種、[齊/齋][弌/壹]は異字種、[斉/齊][一/弌]は同字種異字体、[斎/齋][壱/壹]は同字種異字体である。何を言っているのか分かりにくいね。分かりやす例を出そう。
      「齊藤」さんを「斉藤」と書いても笑って許してくれる(ことが多い)が、「斎藤」と書くと字が違う!、と怒られるのである。「しめすへん: 示」(c.f. 神福祀祠祓祭祟宗) が神事を表すことはご存知だろうが、そこからも意味的に違うと理解できよう。
      参考:
      斉, 齊: 
       意義: 整然と並んだ、そろった。
       用例: 一斉、斉唱
       音読み: ザイ、シ、セイ、サイ
       訓読み: (なし)
      
      斎, 齋: 
       意義: 神事において、物事をそろえること。
       用例: 書斎、斎場
       音読み: セ、サイ
       訓読み: とき、つつし-む、ものいみ、い-む、さえ、ひとし、いつき
      
      [巳/已/己]は意味が全く異なる漢字であり、もちろん置き換えはできない (小学校レベル)。
      [一/弌/壱/壹]は大元は同じ意味で本来は同字種異字体であったが、現代国語はもちろん相当以前より区別されている(古字/大字という区別らしい)。「壱岐」を異字体である「壹岐」と書くことは許容されても、異字種である「一岐」「弌岐」と書くことは許されない。

      書体

      同じ字種・字体であっても存在する幾何形状的デザインの差による分類を書体という. DTPの世界では,明朝体や Times 系のようにヒゲがある書体を serif,ゴシックのように線幅が一定でヒゲがない書体を sans-serif という.
      (本来は serif/sans-serif は欧文フォントでの用語)
       明朝系
       ゴシック系
       Times系
       Courier

      書風・書流

      同じ書体の中の微妙なデザインの差による分類を書風あるいは書流という.フォントという言葉はこの書風・書流の概念にほぼ対応する.正確に言えば,ひらぎの明朝と平成明朝は同じ書体で違う書流である.
      (htmlで表示できるかな...無理だろうなぁ...)
      日本語 明朝系
       日本語 いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ:  ヒラギノ明朝 Pro W3
       日本語 いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ:  平成明朝
       日本語 いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ:  MS 明朝
       日本語 いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ:  MS P明朝
      日本語 ゴシック系
       日本語 いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ:  osaka
       日本語 いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ:  平成角ゴシック
       日本語 いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ:  ヒラギノ角ゴPro W3
       日本語 いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ:  メイリオ
       日本語 いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ:  MS ゴシック
       日本語 いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ:  MS Pゴシック
      欧文 serif 系
        Sphinx of black quartz, judge my vow. 0123456789: times
        Sphinx of black quartz, judge my vow. 0123456789: times new roman
        Sphinx of black quartz, judge my vow. 0123456789: century schoolbook
        Sphinx of black quartz, judge my vow. 0123456789: Georgia
      欧文 sans-serif 系
        Sphinx of black quartz, judge my vow. 0123456789: Arial
        Sphinx of black quartz, judge my vow. 0123456789: Trebuchet MS
        Sphinx of black quartz, judge my vow. 0123456789: Verdana
        Sphinx of black quartz, judge my vow. 0123456789: Impact
      欧文 monospace 系
        Sphinx of black quartz, judge my vow. 0123456789: Courier
        Sphinx of black quartz, judge my vow. 0123456789: Courier New
      ここの表示はブラウザ・OSにより相当異なる. OSにインストールされているフォント,ブラウザのデフォルトフォント設定・解釈の相違より,異なるフォントが表示されることがある. [MS P明朝]はいくらプロポーショナルだからといって何でこんなに詰まっているの? [MS P明朝]で書かれた研究会論文や全国大会論文をよく見かけるけど,読んでいて本当にツ・カ・レ・ル...  

      フォントフェース

      元々は書風・書流の差として分類されようが,欧文アルファベット数字記号を起源とするものの日本語文字においても準用される.
      ある書体書流の基本のフォントフェースをローマン体 (Roman type; 立体/正体) という.ローマン体に対して全体の傾向として右側にやや文字を倒し (スタイルを変え) つつ,デザインにも手を加えたフォントフェースをイタリック体 (Italic type) という.ローマン体に対して全体の線幅 (多くは横方向の幅) を太くし (ウエイトを変え) つつ, デザインにも手を加えたフォントフェースをボールド体 (bold type) という. イタリックとボールドの性質を併せ持つイタリックボールド体もある.本来,ウエイト量は可変である.
      ローマン体に対して単にアフィン変形により機械的に倒したフォントフェースをスラント体 (slant face) あるいはオブリーク体 (oblique face) という.デザインとしてフォントデータが存在するイタリック体と,表示時にデマンド的にローマン体から自動生成するスラント体は異なるタイプフェースであるが悲劇なことに日本語で斜体がどちらを意味するかは不定であるし混同される場合が多い.
      次の表示例で特に "a, f, i, v, w, x" の形に注目してほしい.また,まともな serif 系フォントとタイプセット環境であれば f とそれに続く f, i, l においてリガチャ (ligature, 合字) を形成する.
       Sphinx of black quartz, judge my vow.: Roman face afffiflvwx
       Sphinx of black quartz, judge my vow.: Italic face afffiflvwx
       Sphinx of black quartz, judge my vow.: Bold face afffiflvwx
       Sphinx of black quartz, judge my vow.: Bold Italic face afffiflvwx
       Sphinx of black quartz, judge my vow.: Slant face afffiflvwx
      OS/ブラウザ依存が激しいのでスクリーンショット (Mac OS X Leopard + Firefox 3.0.10)

      角 (全角・半角・倍角)

      コンピュータによる文字コード表現の日本での固有問題であり,本質は形状でなく背番号であるコードにある.表現バイト数が 2 の半分である 1 であることと,2バイト系文字 (全角) の横幅に対して1バイト系文字がたまたま基準(全角)の半分で歴史的に表示されたので半角ということによる.このように純粋なフォントの問題ではなく,表現コード体系との複雑な絡みがある.カタカナ,英数字記号においてのみ半角が存在する.倍角という表現は死語となった(と思う).このように歴史的・論理的・形状的に美しくない概念であり,技術的な問題もある用語である.
       半角: コンピュータ abc ABC 123
       全角: コンピュータ abc ABC 123
      (これを文字セットの分類にするのは気が引けるが,便宜上ここで解説.)

      等幅性

      日本語文字は正方形の升目を埋めるように書き幅が一定であるが,英数字は一文字当たりの横のサイズが異なる.文字の図形的幅に応じて (proportional) 文字ピッチが変わることをプロポーショナルという.等幅性の本質は文字形状の差ではなく文字ピッチの差であるものの,書体の差として実装される.等幅 (monospace) フォントの代表として "Courier" などがある.下記の特に "i, l" に注目.
      非等幅
       (Times系)
       ABCDEFGHIJ
       0123456789
       abcdefghij
       klmnopqrst
       uvwxyz
      等幅
       (Courier系)
       ABCDEFGHIJ
       0123456789
       abcdefghij
       klmnopqrst
       uvwxyz

      字形

      同じ字種において,書体,書流,フォントフェースの違いを含めて文字の形状の相違を字形という.
    9.2 相応しいフォント

    基本のフォント・書体

    学会あるいは論文誌でスタイルが定められている場合はそれに従うこと.論文用スタイルファイルが供給されていれば殆ど気にする必要はない.以下は,それ以外で自分でタイプセットしてカメラレディ原稿を作成するときの基本ルールである.

    文字サイズ

    基準の文字サイズは英文,和文とも 10.5 ポイント (整数値のみ使用できる場合は 11) とする. 10.5 なんて小さい,12くらいが良いのに,と思うだろうが,ぐっと堪えてそのようにして欲しい.脚注,キャプションでは 9 ポイントとする.また図の中で使用する文字は本文に合わせるのではなくキャプションに合わせること.

    文字フォント

    本サイトのような Web ページ,OHP,パワポ等ではゴシックが良いが,紙媒体 (PDFを含む) の論文ではゴシックは濃すぎるので日本語用としては明朝体が良い. Macユーザは「MS明朝」「MSゴシック」の使用はやめよう! せっかく「ヒラギノ」という上品なフォントがあるのだから!! 「MSなんとか」フォントは,ジオメトリ,文字スペーシングともに最悪.

    和文文字

    和文書体:
    • Wondows Vista: メイリオ
    • Windows xp: メイリオ (xp では非標準だが無料でダウンロード可)
    • MacOS X: ヒラギノ明朝
    とすること. OS に拘らず TeX, LaTeX は殆どの場合考慮不要,さらに学会からスタイルファイルが供給されている場合はそれに従うこと.

    欧文文字

    英文,英単語,欧文文字としては times 系フォント (Century Schoolbook, Computer Modern, Times など) で書くこと. Century Schoolbook が Roman, Italic, Bold, Bold-Italic ファミリが完備されていて美しいので望ましい. TeX ではこれも美しい Computer Modern が標準で使用される.
    * 別項でも書いたように英文,英単語,欧文文字にかならず半角文字として日本語用フォントではなく Times 等を使用すること.

    書体とフェース指定

    日本語書体,特に明朝体のまま英字をイタリックにすると極めて見苦しい (これはItalic 体ではなく,Slant体).コンピュータ出力ということを強調したいとき,文字を文字列としてではなく記号列として使用したいとき,あるいは,塩基配列等のコード表現などは,タイプライタフェース (monospace) である Courier が良いかも知れない.
    節・項にするには大袈裟な項目の強調にはゴシックにすると効果がある.
    英文での強調は Italic による方法が英文書法として正式である.
    •    In this paper the SOMEWHAT method which enables a semiconductor plate ... is proposed.
    • ×   In this paper the SOMEWHAT method which enables a semiconductor plate ... is proposed.
    • ◯  In this paper the SOMEWHAT method which enables a semiconductor plate ... is proposed.

    数式のフォント

    ここの数式のフォントフェース表示は M$Win+M$IEの環境では相当くずれます)
    ここで書くことは必ず守ること!! もっとも,LaTeX で適切に書いていれば気にする必要がないことであるが(本文中でも $$ で挟むのを忘れるな(LaTeX)),他のタイプセッティングシステム(PageMakerなど)を使用するときには最大限に気を使うこと.数式の記述にあたっては,フォントは明朝体ではなく, times系を使用すること.もちろん,全角は使用してはいけない(不本意ながら極力,としておく).本稿としては Times New Roman,Computer Modern (CM),CM-super を推奨する.
    #数式の認識・理解の研究をしていると,こういうことに敏感になる.

    ローマン体     : Roman face
    イタリック体    : Italic face
    ボールド体     : Bold face
    ボールドイタリック体: Bold Italic face
    スラント体     : Slant face
    • スラント Slant 体は使用不可.
    • 数字,スカラー定数はローマン Roman
    • スカラー変数はイタリック Italic
      • 厳密にいえば円周率はイタリックの π ではなく,ローマンの π にしなくてはいけない (ISO 31-11) が,国際的慣習でイタリックが許容される. ネピア数 e,虚数単位 i も同様. それら数学物理定数でのイタリックの使用を慣習として許容するのであれば,変数としてそれらの文字を使用することは禁止されよう.
      • x-y グラフを書くとき,x, y はイタリック,原点 O はローマンとする.原点は固定であるため.
    • 数学定数はイタリックで物理定数はローマンという流儀もあるがこれはこれで納得できる
        (円周率 π・ネピア数 e・虚数単位 i 等は数学定数で,光速 c・プランク定数 ħ 等は物理定数)
    • ベクトル変数,行列変数はボールドイタリック Bold-Italic
    • 定ベクトル (e, i, j, kなど),定行列 (O, E, I) はボールド Bold
    • 定義済み関数名 (sin, log など) はローマン Roman
    • 単位はローマン体
    • 微分因子の ddy/dx のようにローマンであるべき (後掲[1]), と杉原は書いているが,それは d を微分演算子と解釈しているためであろう. 余談ながら,杉原先生の信学論掲載論文を見たらちゃんと? dx とされていた. しかし,本文筆者は,dx は,それでひとつのシンボル (dx は分離できない) という解釈により, dx とすべきではないかと思う. また,AMS TeXでは dy/dx とタイプセッティングしている.
    例) (所詮 html であるので正確に表示されないかも知れない.)
    • × 三次元の基底単位ベクトル ij の外積は i × j = k である.
       →○ 三次元の基底単位ベクトル ij の外積は i × j = k である.
    • △ 縦ベクトル x を変換行列 H で変換すると,ベクトル x' = xH を得る.
       → ○ 縦ベクトル x を変換行列 H で変換すると,ベクトル x' = xH を得る.
    • × x の正弦は sin x で与えられる.
      × x の正弦は sin x で与えられる.
      → ○ x の正弦は sin x で与えられる.
    • ◯ 世界で最も美しい数式は ei π = − 1 である.
      → ◎ 世界で最も美しい数式は ei π = − 1 である.
    • × 質量 m の物質はエネルギー E = mc2 を持つ.
      → ◯ 質量 m の物質はエネルギー E = mc2 を持つ.
    9.3 相応しい文字

    全角・半角

    いくらスタイルファイルを使用してもここで述べることまでは自動化できない.著者の重大な責任である.
    和文では 半角カタカナは使用禁止 (本サイトのようなごく一部を除いて例外なし)
    • × パーソナルコンピュータ,ワークステーション
    • ◯ パーソナルコンピュータ,ワークステーション
    欧文では 和文書体 (全角文字) は使用禁止 (本サイトのようなごく一部を除いて例外なし)
    • × 10ms
    • → ○ 10ms
    • × Workstation
    • → ○ Workstation

    ギリシャ文字

    全角で代用することはごく一部の例外を除いて極力避けよ.書体として Symbol というギリシャ文字用フォントやtimes系でもギリシャ文字部があるのでそれを使用する.
    (ブラウザによっては表示は殆ど変わらないかもしれない)
    • × αβγδεΑΒΓΔΕ (ブラウザデフォルト全角serif)
    • α β γ δ ε Α Β Γ Δ Ε (Symbol書体)

    句読点

    「.,」ではなく,「.,」(全角) を用いよ.
    ちなみに「.,」は[左→右] 方向の横書きで用いる句読点,「.,」は縦書きで用いる句読点とされている.通常,技術文書は横書きであるから必然的に「.,」となる.もちろん,半角の区切り記号である "," と全角の "," は区別して使用すること.日本語文章中に句読点として半角の " . , " があると気持ち悪い,という感性を持つようにしよう.

    本論文ではXXX理論を用いて,AAAがBBBであることを示す.さらに,XXX理論を拡張してAAAがCCCてあることも示し,XXX理論の拡張性についても言及する. 本論文ではXXX理論を用いて,AAAがBBBであることを示す.さらに,XXX理論を拡張してAAAがCCCてあることも示し,XXX理論の拡張性についても言及する.
    特に「アルファベット配列入力, ローマ字-漢字変換」を使用している人は,日本語の句読点に " . , " を使ってしまいがちである.なお,筆者は「かな配列入力, かな-漢字変換」である(周りからは奇人扱いされている).
    • × これは,なんとかかんとかである. (, が半角)
    • → ○ これは,なんとかかんとかである.(,が全角)
    • × りんご,みかん,バナナは果物である.
    • → ○ りんご,みかん,バナナは果物である.
    • × Workstation,Personal Computer,X Terminal は,...
    • → ○ Workstation, Personal Computer, X Terminal は,...
    (上記,違いが分からないときは,「.,」の部分をマウスでハイライト選択してみよう.)

    マイナス記号など

    誤解している日本人が多いので触れておく.よく言われる「マイナス記号」には二種類ある. "-" と "−" である.正式には前者を「ハイフンマイナス記号」,後者を「マイナス記号」という.そう,普通に使われてるいるマイナス記号は実は「ハイフンマイナス記号」というのである.そして,こういう文句をよく聞く.


    「"-" は数式で使うには短い(例: a-b)」
    「だから全角の'-'を使えばいい(例: a-b)」
    短く見えるのは当たり前である.本来,主たる記述言語に依存しないはずの数式の中で日本語全角文字を使用する,ということが気持ち悪いと感じないのだろうか.マイナスなどの数学記号もそうだし,ギリシャ文字などを含めて,である.下の表をよく見て欲しい. "マイナス" はおろか,長音記号,ハイフンでさえももろくに使い分けできない研究者は多い.その理由は恐らくは,パッと見は分かりにくいのと,変換IMEの特性,そして何よりも本人の自覚の欠如とこだわりの低さにある.こだわり,というものは研究者の基本資質ではないのか?
    • コンピュータ vs コンピュ-タ,コンピュ一タ
    • コンピュータ vs コンピュ-タ,コンピュ一タ (明朝指定してみた)
    嘘だ!と思われるかも知れないが,この文字間違いは意外に多いのである. Google 検索とか pdf 内検索でヒットしないのでよく発覚する (!?) これらの使い分けを正しくして頂きたいものである.


    似て非なる記号; マイナスもどき類
    記号文字(明朝)UnicodeASCII (hex)HTML (実例)
    マイナス U+2212&minus; (−)
    &#x2212; (−)
    ハイフンマイナス - - U+002D2D&#x002D; (-)
    ハイフンマイナス (全角) U+FF0D &#xFF0D; (-)
    長音記号 (全角) U+30FC&#x30FC; (ー)
    漢数字の1 U+4E00&#x4E00; (一)
    enダッシュ記号 (全角) U+2013&#x2013; (–)
    emダッシュ記号 (全角) U+2014&#x2014; (—)
    本稿を不幸にして(!?)読んでしまった諸君はもう数式で "-" を使うのは気がひけるはずだ.なお,TeX の数式環境で "a-b" などとするとちゃんと正しいマイナス記号となる.また,MacOS (OS X以前より) ユーザは,Times など然るべきフォントでは [option]+"-" で正しいマイナス記号が入力できる! え,窓ではどうするのかって? そんなものは知らないので関知しない.
    あとがき
    本文を書いたのち,計算幾何学の第一人者として私が尊敬する研究者のひとり,杉原先生@東大計数が同様の趣旨の著書を刊行されていることを御本人から直接伺い(参考資料の文献[1]),かつ恐れ多くも一冊拝領致しました.ぜひ御一読下さい.
    参考資料

    論文の書き方に関する資料

    以下は,本文を書くにあたって筆者が参考にしたのではなく,本文を物足りないと感じた方に紹介するものである.

    <><><><><><><><><><><><><><><><><><><>
    (1)杉原厚吉:
    "どう書くか - 理科系のための論文作法",
    共立出版 (2001-1)
     (本文とほとんど同じ思想哲学で書かれている.ちなみに真似したわけではない.)


    (2)杉原厚吉:
    "理科系のための英文作法 ― 文章をなめらかにつなぐ四つの法則",
    中公新書:1216 (1994-11)
     (英語の論文執筆時に必携.新書サイズでも情報量多し.)


    (3)阿部圭一:
    "明文術 伝わる日本語の書きかた",
    NTT出版 (2006-8)
     (わかりやすい日本語という観点から書かれています.)


     ( 本サイトの内容は英文論文作成の際は効果が十分ではない.金谷先生@岡山大学による以下の資料と本ページの併用によって最大限の効果を発揮することができよう.)
    (4)金谷健一: "金谷健一のここが変だよ日本人の英語"
    (5)金谷健一: "続・金谷健一のここが変だよ日本人の英語"

     このサイト作者の著書 (宣伝:-)

    <><><><><><><><><><><><><><><>
    (1)岡田稔:
    "Cによるプログラミング演習",
    近代科学社 (1993-12)


    (2)岡田稔 (編著):
    "インターネット時代のコンピュータ活用法",
    コロナ社 (1999-02)


    (3)岡田稔, 松本哲也, 八木匡, 岩田晃, 池田幹男:
    "OpenWindowsによるワークステーション入門",
    朝倉書店 (1994-10)


    (4)岡田 稔, 三輪 和久:
    "情報科学基礎論",
    朝倉書店 (1995-06)


    (5)形の科学会編:
    "形の科学百科事典",
    朝倉書店 (2004-08)



    その他の資料書籍

    <><><><><><><><><>
    (1)B. W. Kernighan and D. M. Ritchie:
    "The C Programming Language, Second Edition",
    Prentice Hall, Inc., (1988)
    http://cm.bell-labs.com/cm/cs/cbook/


    (2)山田忠雄ほか:
    "新明解国語辞典第6版 小型版",
    三省堂 (2005-02)


    (3)Jules Verne (原著), Walter James Miller/高山 宏
    "月世界旅行―詳注版",
    ちくま文庫, (*)


     論文の書き方に関するリンク

    1. 静岡大学工学部システム工学科・石原進先生による よい研究発表をするために
    2. 東京工業大学情報理工学研究科数理・計算科学専攻千葉 滋先生による 論文の書き方
    3. 京都大学総合人間学部国際文化学科東郷雄二先生による 卒業論文の書き方
    4. 東北大学大学院生命科学研究科酒井聡樹先生による 若手研究者のお経 -- これから論文を書く若者のために --

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